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個別記事の管理2018-02-08 (Thu)
日本海地方が甚大な被害を受けています、お見舞い申し上げます

今年は特別に寒く、寒さに弱い義父が召されていて、ある意味良かったかな
 なんて、不謹慎に思ってしまいます

「腸閉塞」を起こし、あっという間に逝ってしまいましたが
先日弔問に来てくれた「訪問看護師」さんたちが
 「10年の訪問は、ステーション初だし、なかなか破られない」と
そうですね、入院は2週間だったけど
 「慢性硬膜下血腫」に始まり「アルツハイマー型認知症」が分かったり
  「大腸がん」での治療を受けたりしていたわけなので

訪問看護も多岐に渡っていました
 なんといっても「尿道カテーテル」が抜けなかったことが
  旅行や長時間のお出かけがしずらくなって
自然と行動範囲が狭められてしまいました

ということは、家に居ることが多く、すなわち私も出かけずらい
それだけでもストレスですわよ

それが無くなった今、義母がね~なんだかね~同じコース行きそうです




義父は代々の農家、ということは土地も持っている
亡くなった後の「遺産」というのは、預貯金だけでなく
 義父名義の土地家屋もあるわけで

私たちの考えでは「家屋」は現在住んでいることでもあり
 また、ギフト主人との共同名義の「家屋」を分けるなんてできないし
「農地が主の土地」も、長男である主人が継ぎ
残りの預貯金などを、法定相続人の義母・義姉・義弟で分ければ良いし

義父が元気なころから「家は揉めることなんかない」と言っていた主人
というか「面倒見てないんだから言わせない」とも言っていましたっけ

それよりも「義姉」の方が色々良いそうだよね~とも
 こちらは「若年性認知症」になってるので、義兄の判断だけど
  「お兄さんなら大丈夫そうだよね」なんて言ってたんですよ

ですが、予想に反して義弟が「土地も等分に…」と言い出したんです

まぁね、私は相続権ありませんから、何も言うことはできませんが

「えーー何もしないでいて言うの」でした

本当に何もしてないんですよ、年2・3回、2時間くらいしか顔見せくらいで

義父が「年内持たないかも」と言われたときも
 すぐに面会に来るわけでもなく、来ても30分いたかな~くらいの面会時間
  なのに、言うのかい

主人としては「自分の代で土地を売ることはできない」と考えていたので
そしたら「土地の分を計算して等分に分けるように」って

はい、決して資産家ではありませんよ、農家だから田畑の土地があるだけで
 田舎ですから、こんな土地買う人がいるとは思えないですよ

義姉・義弟は県外に住んでいるので、諸手続きが滞らないように
 ここまでで2週間という時間経過

県外でしかも、義姉は「若年性認知症」なので義兄が代理
 時間をかけてやるのは嫌だからとやっていると
義弟が「なんでそんなに急ぐの困ってるの」と言ったそうで

いえいえ、こちらはちっとも困ってませんよ、手のかかるのが一人減って
 子供たちは独り立ちできてますから

まごまごしてたら、義母も…なんてことになりそうですから

それよりも「義務」を果たすことなく「権利」だけ主張するそちらこそ
 何か困ったことでもあるんですか

あまり言うなら大学+大学院の時の「奨学金」の返金
 義父がしていましたよね、ということも言えば~

こちらには「弁護士」でもある息子がいますからね…
 生前贈与ということにしちゃいますよ

もし、自分がその立場だったとしたら
 「う~ん、あまり面倒見ていないから…」「今まで看てもらったから…」
と思うよね~と主人と二人で言い合ったり

細かいというか、計算高いというか、理系だからなのか…
 なんだかな~予想外の反応なのでした

そして、このまま揉めると思いきや…

つ・づ・く


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まだまだ冷え込みが続くそうです、インフルも流行っているし、皆さん気を付けましょうね
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個別記事の管理2018-01-12 (Fri)
新しい年になって早や12日、ですが、喪中につき……です

今年も更新頻度低く・しかも過去のことばかりですが
 どうぞよろしくお願いいたします

昨年11月末、ショートスティ先から緊急入院した義父
入院して2週間、「腸閉塞」のための治療も積極的には出来ず
通常の輸液3分の1なので、かなり痩せてしまいました

食べないことによるのか、病状の為なのか、見舞いに行って殆ど

でも、病態としては「落ち着いている」ので転院
 う~ん、大丈夫なんでしょうか呼吸が止まるのも頻繁で長いですけど

国の方針・病院の方針…ということで仕方ないですが

転院の為に、着替えと移送の時に寒くないように毛布をもって面会へ
この日は珍しく、目をぱっちり開けて、しきりにもごもご…

入れ歯も外してるので、何を言いたいのかこちらが汲んであげて
隣のベッド、術直後なのでカーテンがキッチリ閉まっていて
「カーテン開ける?」にうなずくので、足元だけそうっと開ければ
 「も・・・」というので「もっと?」にうなずき…

「か・・・」というので、か…かあちゃん=おばあちゃん、かなぁ
「おばあちゃんに会いたい」にうなずく・・・

でも、おばあちゃん(義母)「来るだけで疲れる」というんですよ
なので「また今度連れて来るから」と

衣服は病院着、飲食禁止・入浴厳禁の患者では
 見舞いに行ってもやることがありません
この日のように起きていてくれれば30分くらいで
「じゃ、また明日来るからね」と

いつもよりしっかり受けごたえしてたんです



夜、それでも喪服の用意をちょっとやっておこうかしらと
半襟を付けたり、一回練習しておこうかとやってみたり

そしたら、22時40分、病院から自宅へ電話が
 
夜の電話は良いことは無く、悪い知らせということが多いです

「○○さんの呼吸が止まって…できるだけ早く来てください」と
雪の舞う中を急いでA病院に向かうのでした

日中、いつもよりしっかりしていたのに
喪服の準備とかしたのがいけないのかしら


今まで「手のかかる」「ストレスの元」とばかりに思っていた義父ですが
 いよいよその時となると、別の感情も沸くんですね


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寝ていた義母、なかなかしゃっきりしてくれず…もう~~怒涛はまだまだ続きます
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個別記事の管理2017-12-26 (Tue)
今年も残すところあと6日、いろいろあったけど
年末になって「そんなことちっちゃいことよ」なことが起きました

このブログでは時々、というかこの頃はしょっちゅう出て来る介護
義父&義母=要介護2&要介護1 で同居中
しっかりしていた時は別居だったので「同居のありがたさ」は全くなし
「介護の大変さ」だけがある、という悲しい現実

介護同居、足掛け10年、まだまだ続くのか~と思っていたけど
今から半月×3前、一か月半前ですね
いつもは「便で汚した」「他所の柿、しかも渋柿を食べた」
 「入浴拒否した」「デイサボった」「ストーブで火傷した」…と
色々と問題の多かった義父が

いつもだったら便で服・トイレ・手を汚すのに~汚れない
 それが当たり前だけど~なんかおかしくない

それでも本人は「何ともない」と言ってるし…思い過ごしかな?と

義父は大腸がん罹患者、この場合「腸閉塞が起きやすいこと
 その兆候としては「激しい痛み」「腹部の膨満」「吐き気」と
手術を受けたA病院でも、かかりつけのM医院でsも言われていて

便で汚される胃のは介護者は大変だけれど、詰まるよりはいい
 まぁ、我慢してください…と言われ続けていたのです

汚れないのは楽だけど、明らかにおかしい…と言って半月
 介護者(私)の都合でショートスティを利用していた時
「朝起きたら、少し吐いた跡がありまして」早退してM医院へ

これはA病院へ行った方が良い…はい、私もそう考えて
 保険証・診察券持参で行きましたよ

M医院で引き取って、A病院へは私の車で行くんだけど
 義父の呼気が凄く匂うんです
まるで昔のトイレ、アンモニア臭?こちらが気持ち悪くなりそう

A病院の救急科で、やはり「腸閉塞」と診断が出て
腸閉塞の治療は、鼻から管を入れて内容物を少しづつ取り出す
 というのが必要なんだけど、義父には無理
5年前の手術能登沖「せん妄」で点滴は抜く、勝手に立つ…大変でした

カルテにしっかり描いてあるし、外来の先生とも連絡とって
「おそらく抜いてしまうでしょう、そうなると感染症とか…」で無理と
 他には「人工肛門を付けて…」こちらも無理でしょうね~と

はい、私もそう思います
元々5年前の時も、認知症の問題や高齢であることから
 積極的治療は受けない、という話になっていたので
通常1500ccの点滴も、3分の一の量しか受けないことに
通常の量の点滴では腸が動いたりして腹膜炎などの問題につながるから

つまり、痛みのコントロールを保って、穏やかにその時を迎える
 という方針が決まったのがその日の夜
所が義父「全然痛くない」って、先生も??でつねってみると
 痛がるので「本当に痛くないのでしょう、ある意味ラッキー」ですって

え?腸閉塞って痛がるんですよね?吐き気もあるんでしょ??
 確かに腹部は少し膨らんでるし、体重が増えているけど
ショートスティで少し吐いたことに気づいてくれたけど
 もし、自宅だったら、ハッキリとした腸閉塞の兆候には気づきません

それに、義父のせいっ苦情「何ともない」と言い張って病院へは行きませんね
 義父も「家に帰るつもりだったらこんなところに連れてこられた」という始末だし

でも、この時先生からは「新年を迎えることは難しい」と
 「会わせたい人がいたら今の内に会わせてください」と言われてしまい

義父の兄弟・子供(自慢の次男ね)私たちの子供にも連絡したり

12月にはこんな試験やhttps://breastcare.jp/img/common/head_txt.jpg
ブログで知り合ったこの方々https://ameblo.jp/shimaemawo/
                https://ameblo.jp/nyan-daikichi/  との初オフ会の予定があったけど

今まで「もぉーーー」と何回も頭にきた義父だけど
人生の最期が近いと言われたら、諸々の計画を見送りました

そして、2週間(半月)が経ち、小康状態を保っている義父に
 「転院」の話が
救急指定病院なので、落ち着いた患者は転院するのだそうですが

「時々呼吸が止まりますが?」「それは終末期特有の呼吸です」
なんて状態の患者も転院させられるのですか???

と思いながら、転院の荷物をもって病院へ言った12月11日
 「ご希望のK病院へ転院手続きしています」と言われちゃうのでした



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今年も残すところ6日、色々あったけど
年末になって「そんなことちっちゃいことよ」なことが起きました

このブログでは時々、というか、このごろはしょっちゅう出て来る介護
義父&義母=要介護2&要介護1で同居中
しっかりしていた時は別居だったので、「同居のありがたさ」は全くなし
「介護の大変さ」だけがある、という悲しい現実

介護同居足掛け10年、まだまだ続くのか~と思っていたけど
今から半月×3、一か月半前ですね
いつもは「便で汚した」「他所の柿、しかも渋柿を食べた
 「入浴拒否した」「デイサボった」…と
色々と問題の多かった義父が

いつもだったら便で服・トイレ・手を汚すのに~汚れない
 当たり前のことになってるけど~なんかおかしくない

それでも本人は「何ともない」といっているし・・・思い過ごしかな?と

義父は大腸がん罹患者、この場合「腸閉塞」が起きやすいこと
 その兆候としては「激しい痛み」「腹部の膨満」「吐き気」と
手術を受けたA病院でも、かかりつけのM医院でも言われていて

便で汚されると介護じゃは大変だけど、詰まるよりは良い
 まぁ、我慢してください…と言われ続けてたのです

汚れないのは楽だけど、明らかにおかしい…と言って半月
介護者の都合でショートスティを利用していた時
「朝起きたら、少し吐いた跡がありました」と言われて
M医院まで送ってきてもらって「これはA病院に行った方が良い」

はい、私も初めからそう思ったので、診察券と保険証持参で引き取り
A病院へは、自家用車で行くんだけど
義父の呼気が匂うんですまるで昔のトイレに居るような
 アンモニア臭なのか?強烈で、気持ち悪くなりながらA病院救急科へ

そこで診察を受けたところ、やはり「腸閉塞」と言われて
腸閉塞の治療には、鼻から管を入れて内容物を取り出す
 というのが必要なのだけど、義父立派な認知症

救急のN先生、カルテを見たり、外来のH先生と連絡とったりで

「おそらく管を抜いてしまうでしょう」、はい、私もそう思います
あとは「人工肛門を付ける、でもこちらも触ったりしちゃうでしょう」はい、同感!

元々5年前から、認知症であること高齢であることから「無治療」を選んでいたので
あとは痛みのコントロールを取って穏やかに…ということになったのがその日の夜

ところが、義父「全然痛くない」と、先生が「認知症だから鈍感なのか?」と
 つねってみると「痛い!」と反応するので、本当に痛くないのだと判断

え?腸閉塞って痛いって聞いてましたけど?
確かに腹部は少し膨らんでいるような気がするけど?吐き気も言わないし…

ショートスティで少し吐いたものを見つけてくれたけど、自宅だったら気づきません

義父も「家に帰るつもりだったらこんなところに連れてこられて…」なんて言うし

でも、この時先生からは「新年を迎えるのは難しい」と宣言され
というのも、積極的治療を受けられないので
栄養点滴も通常の3分の1、必要最小限になるし

何より栄養補強をして、腸を動かしたりしたら、それこそ大変なことに
そして、いつ腹膜炎を起こすかわからない・・・

「今の内に合わせたい人がいたら…」とも言われるのでした

義弟や、義父の兄弟姉妹に連絡をしたり、私の子供達にも連絡したり…

12月にはこんな試験やhttps://breastcare.jp/img/common/head_txt.jpg
ブログで知り合った方々とhttps://ameblo.jp/shimaemawo/
               https://ameblo.jp/nyan-daikichi/ の初オフ会があったけど
今まで「もぉーーー」と何回も思った義父だけど
人生の最期が近いということなので、諸々の計画を見送るのでした

そして、2週間がたち、何とか小康状態を保っている義父に
「転院」の話が出始めて
A病院は「救急指定病院」なので症状の落ち着いた患者はどんどん転院

とはいっても、義父時々呼吸しないんですけど
こういう状態は「終末期」に起きるって先生言ってますよね
そんな状態でも転院させるんでしょうか???

と思いながら、転院時の荷物を持って行った12月10日
「転院先K病院に書類を出しました」と言われちゃうのです


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個別記事の管理2017-12-07 (Thu)
一か月以上のご無沙汰、ついに「スポンサーサイト」が出てしまいました
それだけ何事もなく、元気に過ごせている、ということで

今日は、11年前:2006年12月7日、に右乳がんの手術を受けた日

術前に「温存」か「全摘」か、はっきりしない中での手術でした
今は「全摘」から「再建」という流れが増えてきたみたいだけど

当時は「全摘」より「温存できる方が良い」という風潮だったような…
治療法も、考え方も 時とともに変わっていくんですね

子供たちは大学生だったけど、行く先のことを悲観したり、 
「私は大丈夫」と思ったり
 気分は不安定だったような気がするゎ

母が乳がんだったから、漠然と「自分もなるかも」と思いながら受けた検診で
 「石灰化」が分かって、それからはあれよあれよという間に手術が決まって

考える間もなく、っていう気がします

そうね、11年もたつといろいろと記憶違いが生じてしまって
 歳のせいもあると思うけど

その後の左乳がんの方が、病気感が強いから
 といいつつ、こちらも髪の毛以外は問題ないから~~


手術も予定通り、術後の経過も予定通り…何もかもが順調で

今は入院期間も短くなったけど、その時は20日以上の入院で
「放射線治療」の段取りをして、一回受けてから退院しましたっけ

センチネルリンパ生検で済んだので、リハビリも必要なし
 やることがないので、「パズル雑誌」を主人に言いつけて差し入れさせて
  何冊もやっているような患者でした

退院して、放射線治療が始まって
この時に、かなりの痛みが生じてしまったのには参ったけど
 まるで岩を胸に当てて、上からゴリゴリ遣られてる感じがいつも、だったの

「抗がん剤治療受けてる人はもっとつらいんだから」と言い聞かせて完遂

それ以降は、ホルモン(-)だったから「経過観察のみ」 
 主治医も「ハイ、元気ですね~~」くらいの診察でしたっけ

11年経った手術跡は、うっすら~線が見える、くらいで痛くもかゆくもなし

今のところ心配な症状はないので「1年に一回の通院」になっています
病院と離れられるということは良いことなのよね

今まさに治療を受けてる方、これから手術の方、大丈夫
 年数経ってしまうと、意外と忘れるくらいのものになります

今を乗り切れば、後は何とかなると思って頑張ってくださいね


そして、ここ最近自治体から「乳がん検診を」とか「肺がん検診でCTを」と
 お知らせが相次いで届いています

乳がん検診は、病院でやってるからパス
肺のCCTも、 経過観察で受けてるからパス

いくら無料とか「○○歳だから…」と言われても
 無駄に検査を受けて、被爆もあるのだから…ということで行きません

わざわざ自治体に「私はこれで受けてるから良いです」なんて言うのもでしょ
年度末近くになると、またまたお便りが来るんだろうなぁ
 その費用が勿体ないとも思ってしまうゎ



実は、このブログでさんざん愚痴ってきた義父の具合が悪く
 入院していますが、重篤で……
今月は「初オフ会参加」や、乳がんがらみの試験を受ける予定だったけど
 義父のことも放っておけない状態なので、涙を呑んで諦めました

何かと年末は気ぜわしいので、自分の体も気を付けて行動したいと思います


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このペースで行くとこの次は年明けかしら…
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承認待ちコメント * by -

* by ♪デコ♪
やっぱりひとそれぞれだなぁと
この記事を読んで思った

デコの傷跡はくっきりっ
どちらもねっ

これはデコの皮膚が薄いから
傷跡が残ると言われてて。。
その通り眉毛が起こりんぼうな表情しています

放射線治療の跡が
この時期猛烈に乾燥して痒いっ

ベビーローション塗りたくってるが
。。肌にかばんの紐触るとおっ擦れて痛いぜっ

これ位で済んでいるのだからよしっ
そう思える時とそうじゃない時

なくなったものはしょうがないが
腕力が欲しい

こればかりは元に戻らないっ( ;∀;)

無駄な検査はしないっ
不安を煽るだけだっ

お義父様心配ねっ
年末忙しいだろうから体調きをつけてねっ

Re: タイトルなし * by ともりん
> やっぱりひとそれぞれだなぁと
> この記事を読んで思った
♪デコ♪さん、コメントありがとうございます

人それぞれ…そうなんですよね、肌の状態とか手術の時のちょっとした加減で色々変わってきちゃうんでしょうね
私も、左(二回目)の方は、痒いし、湿疹もできて、で余り状態としては良くないかもです

傷跡は縫い方とかで違ってくるし、何よりデコさんの皮膚は敏感みたいですものね
そうそう、ちょっとした刺激で「痒い」とか「痛い」って
シャワーが当たると「痛気持ちいい」なんてことありません?私の左はそうですよ~
で、乳腺の先生に心配されたり、搔きすぎてひどくして「失笑」買ったりしてます

不安をあおる検査,結果を聞きに行く時がMAX胃に悪い心臓に悪い…
検査は必要最低限にしてるの、やっぱり長生きはしたいから(笑

あまり腕には負担をかけないようにしてくださいね


義父の事、ありがとうございます
実は昨晩息を引き取りました
小康状態を保っていたので、「このままいい方向になるかな」と家族で話した矢先でした
痛みを感じていなく、「最後の時もあまり苦しくなかったのでは」というDR.の言葉が慰みになっています

結構バトルした×舅でしたが、今は穏やかな時間を過ごしてると思うとほっとしています
「お顔」も微笑んでいるような、機嫌の良い時の義父の顔なのです

こういうのを体験すると、やはりその時その時を大切に、と思わずにいられません
ありがとう




個別記事の管理2017-11-06 (Mon)
11月に入って朝の冷え込みに参っています

お約束通り「月一更新」になってしまってます
 絵文字変わったや、またまた「パスワード変更を…」と言われ
  一層ブログ書くことが億劫になりそうです

元々、治療後11年&5ねん経って元気にしてるので
 「書くことないなぁ~」とやっていますから、人のせいにしてはいけませんね

そんな私に格好のネタが・・・嬉しくないですけど~
今から12日前の、10月25日のこと
ウチのニャンコ「起きたら即ごはん~」という元気な仔なの

5時12分、早朝ですよね「ごはんごはん」と起こすので寝ぼけ眼で
 もそもそと起き、ごはんを上げて「トイレに行って寝直そうと階下へ

家、義父のせいで2Fにトイレがありません
 立て替えるときに、自分たちの部屋に少しトイレが重なると知ったら
「頭の上にトイレがあるとは怪しからん」と言い張って

今でこそ「ヨレヨレ」ですが、当時はまだしゃっきりしていたので…
 仕方なく諦めましたよ、今は独り占めにしてることが多くて
「トイレ1個しかないんだから、長い」と意地悪言いますけど

そんなわけで目をこすりながら1Fへ
リビングに明かりがついているなぁ~また義母が起きてぼーっとしてるのか~

そんなことを思いながら、だからなのか足腰の問題なのか
 それと、肌がかさついてるからというのもあって
  踊り場を回ったあたりで、踏み外しまして

まず、腿の裏側を階段の縁にぶつけそのまま座り込むようにお尻もぶつけ
とどめに頭頂部を壁にぶつけたのでした

私の頭頂部、以前からぼやいているように、治療後5年経ってるのに
 まだまだ以前のように生えそろっていません

そこをぶつけてしまったんです、うっすら地肌も見えてますから
 毛って保護する役割もあるでしょ、一層痛いんです

結構な音に、主人も起きてきて「大丈夫かとは言ったけど
 痛い痛い、と言いながらも頭をさすったり
落ちた経過を話すし、しびれてもいないし、朝ごはんも作って食べるし
  「まぁ打ってても大丈夫かな」と

頭頂部を見てもらったら「笑えるほど大きいたんこぶ」ができていて
 「たんこぶになってるから大丈夫じゃない」っていうんですゎ
   確かにぷっくりしてましたけど、笑うのはあんまりでしょ

頭部の打撲って、後に出て来ることがあるでしょ
 義父も交通事故起こして1か月半後に「慢性硬膜下血腫」だったし 
踏み外したことを聞いた人、みんながみんな「あとから出て来るよ」って

なので、ドキドキしながら過ごして
もし具合悪くなっても良いように、って伴奏の録音も済ませて…

でも今現在大丈夫なので、たぶん大丈夫よね

腿の「青タン」は一時は湿布薬より大きかったけど
 今は殆ど消えてるし、頭頂部の赤味もうっすら~になったし
何よりシャンプーで思わずごしごししても大丈夫

実は階段踏み外すの2回目なんです、なので、「手摺」を付けてもらいました
 これも、新築の時に義父がね~「2Fのことは分からんから」って断ったという
  全ての元凶は義父にあるような気がする


そして、この日は母の31回目の命日
 実家に行っても、兄が線香を嫌うので手を合わせるだけ
だから「バチ」が当たったのかそれとも守ってくれたのか

いずれにしても足腰の弱りを感じ、頭頂部の弱りも痛感した事件でした




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これからこんなこと多くなるのかしら?いやぁね~歳は取りたくないゎ
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* by デコ
あらっ
それは痛いよ( ;∀;)

デコも年に数回こぶ作ります(笑)
そして後から何でここ腫れてんだ??

あっそう言えば・・・
メガネを外して室内を歩き
なんかの拍子にガツン

そう言えばベランダの防火塀に周りの景色に気を取られながら歩いててオデコが~ぁん

☆出だ事あったなぁ(もう何年も前)

誰にでもあるけどこぶはまぢで痛いのねっ( ;∀;)
お大事になのだっ

Re: タイトルなし * by ともりん

♪デコ♪さん、こんばんわ~コメントありがとうございます。
あらら~デコさんも「こぶ作り名人」さんなんですか?
そうそう、なんか痛いな~なにしたかな~~ってことあるんですよね、歳?

☆が出るほどって、相当な痛みv-12
デコさんの「オデコ」…決して笑うところではありません、が、ついつい想像しちゃいました(謝

脚の小指って一番痛いと思いません?時々やるんですよ
そんな時は「車幅間隔」がないとバカにされますけど

今回のは、腿とかお尻は心配してないけど、さすがに頭頂部はね~
しかも薄毛で悩み中の場所だから、もし検査ってなったら…いやだな~という気持ちもあって
なんとか受診・検査は免れました(笑

丁度美容院でカットなんて思ってた時だったけど、一週間遅らせて行きました
まだ赤味が残ってたけど、痛くないから良いかって
美容師さん(乳がん体験者)にも「あとから出て来るかもよ~」と言われたりね

なんとか髪の毛が戻ってくれると…心配なく・堂々と!受診できたのよね、あ~~あ、です

寒くなりましたね、朝活の時には十分の服装で行ってくださいね♡