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個別記事の管理2013-12-05 (Thu)
12月5日は、7年前・2006年、右胸の手術のために入院した日
 あれから7年、左の手術やいろいろあったけど
なんとかこうして、そこそこ元気にしています

この7年、環境的に一番の変化は、主人の両親と同居したことかな
同居は子供たちが小さい時から考えてはいたので
 築100年近くの古家の建て替えも済ませていたのです
でもね、結婚後に住んでいたところが、小学校8分・中学校15分
 駅徒歩20分・スーパー自転車で10分…というところだったのに
引っ越すと、小学校20分・中学校徒歩30分、自転車通学ぎりぎりOK
 駅車で15分・スーパー自転車で行く気になりません
高校に至っては、駅が遠いので親が毎日送っていくか自転車で1時間かけて通うかと
 そんなに不便なところだったんですね
それを聞いた子供たちが「転校するのも嫌、いいことないじゃん!」と言い出して
 家は2世帯住宅に建て替えたのに、爺&婆で住んでいたのです
でも、二人とも元気だったし「気楽でいい」くらいのことを言ってたので
   「何かあっても車で40分は近いから」と
     別居してお互いゆるゆると生活していたのです

2008年5月31日(土)
長女が帰省中だったので、久しぶりにお夕飯は外で食べよう!と準備していたら
 主人の叔父から、義母が倒れて救急車で運ばれたと
3人で駆けつけると、義母の意識はなく、担当医からは
 ・脳幹出血なので手術は行えないので点滴による治療のみ行う
 ・場所的に回復しても、良くて車いす、寝たきりになる可能性が高い
という説明がありました

その時担当の先生が「ああよかった、若い人がいてくれて
 来る人来る人がご年輩だから、老老介護か、どうしようと思っていたんです」と

この時は、もうこの先どうなっちゃううんだろうと
 寝たきりの可能性が高いといわれても……
  患者本人が帰宅したいのならさせるんだろうな……
    そもそも意識は戻るのかな……

はっきり言って思考停止です
誰もが、どうすればいいか分からない、実感がないという感じでした

そもそも、倒れたのが3時ころだったのに、連絡が来たのが7時近く
 パニくった義父が家の電話番号が分からないと言って
叔父が帰宅して調べて連絡がついたということでした
 外出した後だったら更に連絡が取れない状態に
主人といい義父といい、しっかりすべきところで
 貧血起こしたり、パニくったり……血筋なのでしょうか

幸い、義母の意識はその夜遅く戻り、ろれつが回らないとか
 右手に力が入りづらいとかはありましたが
それも徐々に快方に向かって、「良くて車いす」といわれたのが
 自力歩行できるまでに回復できました

これを機に同居することになり、2週間後には引っ越しました

ところが、これはまだ序の口だったんです


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7年前は、来年のことも思えず、今日こんなに元気にいるなんて思えなかったな~
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