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個別記事の管理2013-11-24 (Sun)
1981年2月 母は右乳房全摘出・卵巣摘出手術を受けました
当時は「大きく取る手術」が当たり前の時代
ハルステッド式でリンパも全て取るという手術でした

手術前夜、母の見舞いに行くと
「明日はこのおっぱい無くなっちゃうんだよね……」と
やっぱり気にしますよね
「最後に触っとく?」っていうのですが大人な女子の私は
「いいよ、今更」って言っちゃいました
あの時に、触ってあげれば良かったかな?と時々反省もしましたが
母乳で育ったので「お世話になりました!」とは言いました
「乳房が亡くなってもお母さんはお母さんだし、それと引き換えに
 命を守るんだもんね」とお互いに言い聞かせるような会話をしました

自分が25年後に同じ立場に立った時に
「そうは思っても…」という気持ちがしたので
きっとあの時の母も同じように感じていたのかなと思います


術後、膿盆に乗せられて摘出した乳房を見せてもらいました
癌細胞のあったところも見せてもらったのですが
それの、質感とか色などの記憶ははっきりしていません

こういったら誤解を招くかもしれませんが
ただのお肉という感じがしてしまって
肉体から切り離されると感じることも違ってしまうのでしょうか


ハルステッド式は胸の筋肉もしっかり取ってしまうので
母は「洗濯板みたい」と悲しげに言っていました
やっぱり乳房というのは女性にとって大切な物と
私は何と言ったのか忘れてしまいましたが
きっと気休めの言葉にしかなっていなかったかなと思います

腹部の手術も同時に受けたので体の制限が長く
痛みどめなども多めに使っていました

腹部の回復とともにリハビリが始まり
仕事帰りに見舞いに行くと滑車のようなものを使ったり
雑巾を絞るような、腕のリハビリに励んでいました
自分に経験がないのではっきりしたことは言えませんが
リンパもしっかり取っているので相当な苦労だったと思います
痛みもあると思うのですが、痛いとも言わずに
黙々とやっている姿は親ながら凄いと思っていました


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古い話で記憶も不確かですみません
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