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個別記事の管理2015-01-07 (Wed)
「家族」の所にも書きましたが、私の祖母は健在です
 私が既に還暦近く…ということは祖母は幾つなのか
今年の誕生日(2月)で102才になります、超長寿です
 とはいってもご多分に漏れず「認知低下」はありますが

祖母の一生は幸せかというと、実の娘・私の母を55才で亡くしているし、
 夫も55才で亡くしていて、決して家族運に恵まれているとは言えません

自身は20代の時に当時の「死の病・結核」をやったりしてるけど
 それを乗り越えたら、かなり元気に老後を過ごしていました
「無病息災」ならぬ「一病息災」というやつですね

祖母の母(私の曾祖母)も私が中学生の時に84才で亡くなっているので
 私の家系は長寿なのか?それとも短命なのか??

2013年は祖母にとっては「波乱万丈」の幕開け
 年明け早々の入院から、あれよあれよといろいろ起こして
3月には「人生初の胃カメラ」自分でも「この年でやるとは…」と

それでも、やはり100才ということでスムーズに良くならず
 4月も病院→通所施設と、自宅へは戻れません
というか、私としては自宅介護はもう無理ではと思っていたんですよね
 小柄でも人ひとりをトイレ介助するって大変なんですよね

なんて素人の私でもそう思っているのに
 いろいろの都合があったんでしょうけど、4月30日に「帰宅」することになったと

その時祖母は自立歩行はできますが、トイレでの動作は見守ってやっとこさっとこ
 それが一人でできるのかって兄に言っても
「施設の都合もある」し、「1月から3か月経ってるし…」と言われたんですって
 俗にいう・介護現場での「3か月の壁」というやつですね

ということで、連休の最中の4月末に祖母は念願の帰宅ができたのです
 私は連休中に、6月の長男の披露宴の準備があったので
連休後に顔見に行くということにしていたら
 5月4日に「祖母緊急入院」という連絡が

当時の祖母は自宅では「好きな時に起きて・食べる」という生活を送り
 「夜中に何か食べたくなっても良いように」お菓子を枕元に置くと
何とも自由気ままな生活を送っていたんですね
 それでお菓子を食べたら「のどが渇いたから」水でも飲みたいと
台所に歩いて行こうとしたらしく……何かに躓いたんでしょうね
  結局「左股関節骨折」に

お骨折した祖母も痛くて可哀そうですが、折角帰宅できたのに
 この年で骨折したら「寝たきり」間違いなし ということがショック 
「寝たきり」になってしまったら、それこそ自宅介護は無理でしょう

折しも連休中なので「手術は連休明けに」ですって
 手術しないといけないんでしょうか?年も歳ですし…
先生と話したら「私もこの年の方は初めてです」とそうでしょうよね

「骨折」って痛いと思いますよね?でも祖母はあまり痛がらなかったんです
 「神経がどこか切れてるんじゃないか」なんて軽口をたたく孫

折しも骨折した日は、東京に住む従兄弟が「おばあちゃん~」って会いに来てて
 従兄弟とも「何でこのタイミングで…」とか「神経太いんか?」と

痛い・痛いと喚いたり騒いだりするとそれも心配ですが
 とにかくあまり騒がずに入院していてくれたのは不幸中の幸いかな

手術=全身麻酔   
これがDr.の一番の心配でしたが、何の問題もなく無事終了
 時間にして2時間くらい。人生4度目の「手術の終了を待つ家族」になりました
 「待たせる患者」も4回、つり合いは取れてる

この、バタバタの間も私の体調は「口がぬる付く~」とか「唾が泡っぽい」
 「塩味がキツイ」など、相変わらず味覚障害の症状が出ていました
それと、ちょっと油断すると「浮腫み」の症状も…
 要するに完全に化学療法の毒気が抜けてるわけじゃないんですね

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昨日と今日の温暖の差が激しくて、やっぱり寒いと右わきが痛みます
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