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個別記事の管理2014-06-05 (Thu)
胆管癌術後6年余りの1999年、咳・タンが続くからと受診したら
 栄養不良からの非定型抗酸菌症ということで即入院になってしまった父

本人は「入院するとタバコが吸えない」というのが一番困ったことだと言ってましたが
 体調は「そんなこと言ってるんかい」くらい悪く
 「当面口からの捕食では足りないので、鎖骨下から直接栄養補給してもらいます」と

更に「栄養を取ることが第一なので、好きな物を持ち込んでも良い」とまで
 父に何が食べたいか聞くと「刺身・塩辛・漬物・・・」はい、いっぱい出てきます

一応K先生に確認すると「この際何でもいいです、食べたいものを」
 あの、これって「もう最期だから…」のように聞こえてしまうのですが

病院の食事は、やっぱり薄味なので、元々濃い味が好きな父はげんなり
その点、父の好物は塩味のはっきりしたものばかり
 昼食に間に合うように持っていくと、病院のおかず無視でパクパク…
  まぁ、食べられればいいのかな~~と。毎日お昼には届けました
本当は3食分くらいあると良いのだけど、朝は家族を送り出すのがやっと
 夕飯時は仕事をしていたので。病院食って6時とかでしょ、その頃が仕事タイムだったのです

父の体力では「感染症が命取りにもなる」ということで
 病室に入る時は、全身・靴・かばんまで消毒&手袋・マスクといういでたちに
   持ち込む食材にも消毒、しかも長時間・大人数の面会も

入院して10日くらいは、一進一退の状態で、日々の反応もまちまちでした
私はこの年、長男のクラス委員を受けていて(ジャンケンで押し付けられたともいう)
 参観日の講演で、お寺のご住職を呼んでの講和があったんだけど
 「親子」というテーマで、父がこんな状態だったから色々な思いが重なって
  もっと〇〇しておけばよかったなと、またまた反省してしまいました
親子で聞いたんだけど、担任の先生曰く「お母さんたちの方が良い反応だった」と
 他の人も多かれ少なかれ、親を思い返す機会になってたのですね

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、父は少しずつ良くなってくると
 はいはい、始まりましたよ。車いすで「なあ、タバコ吸えるとこ」と言います

11月に入り、体調も良くなってきたので入浴をしましょうと言ってもらえたのですが
 鎖骨下には栄養補給の処置がなされたまま、大丈夫なのかしら

私の心配は当たってしまい、2回目くらいの時に感染症になってしまいました
 高熱が続き、意識ももうろうとして…あれだけ入室にも気を付けているのだから
「入浴」という、細菌と隣り合わせの状態は、やっぱり危険ですよね
 食事もとれず、栄養補給の為とはいえ、また新たに管の差し替えをしたり
又父の血管がつかまりにくいんだそうで、何か所も刺されていました

父も「風呂には入らなくていい」と言っていたそうでして
 清拭だけではどうしていけなかったのかな~と思ってしまいました

折角上向きになっていたのに、またまたふりだし、否、ふりだし以下に
 感染症を防ぐために清潔にということがあだになってしまったのです

折しも「2000年問題」というのがあったのですが(ご存知でしょうか?)
 コンピューター上で、預貯金が0になってしまうとか~色々言われていましたよね
父も「俺の貯金が心配だ、全部おろしておいてくれ」なんて
 感染症のボーーっとしたような状態でも心配していまして
結局、巷の噂のようなことはないと分かっても「この際おろしておけ」と

なんか意外としっかりしているのね~と感心してしまいました
 兄とは「年賀状どうする…」という会話が出るほどなんですよ
つまり、それくらい父の状態は悪いということです

そうそう、もう一つ、感心したことがありました
 父は「賀茂神社」という神社の会計を預かっていたのですが
入院してから「会計をできそうにないから、お金を確かめて 総代に辞任すると言ってくれ」
 と言われて調べたんだけど、1円の狂いもなく、ぴったしに処理されていたんです
家でのあの「ズボラを人にしたような」父が…これにもびっくりでした

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