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個別記事の管理2014-05-20 (Tue)
「家族」の所にも書きましたが、父は母と結婚するときに婿養子に入りました
母との出会いは、当時としては珍しい「職場結婚」
 母曰く父は「かっこよかった」そうです。 まぁ、確かに背は高く・顔もそこそこでした

母の母(祖母)も婿養子ですので、女系家族ってことですよね
 祖父は、厳格な性格で、仕事一筋だった(あくまでも祖母・母談)

それに対して父は、たばこはヘビースモーカー
 勤め帰りにパチンコにより、休みの日は麻雀……

ね、厳格と言われている祖父とは大違い
 なので、祖母+母にはことあるごとに比較されていました
祖父が亡くなった時は父は30代前半
 祖母・母という最強タッグに突っ込まれることは予想が付きます
婿養子ってやっぱり肩身が狭くってイメージですでしょ
 実際二人にいろいろ言われていることも多かったな~~

そんな中で育ったので、特に父が嫌いということはなかったけど
  ある意味醒めた父子関係でした

父はちょっと自分本位というか、自分の思うが儘の人で
 家族で旅行に行っても、一人だけ自由行動、母・兄・私は団体行動なんてことも
   でも、自分が大人になって思うことは
母と祖母がべったりしてるから、父としてはそれ以上中に入れなかったのかな~

二人とも父にすごく怒られたということもなく、怒るのは母か祖母(笑
 父は一応養育者としての務めはしたけど、親としては??でした

そうそう、お箸の持ち方とかのしつけをされるでしょ
 兄・私、そして何故か父も祖母にしつけられてたんですよ(笑
そんな感じだから、しつけられたって記憶もありません

でも、兄は違った感じを受けていたみたいで
 「お前には優しかった」とか「可愛がってもらっていた」などと言います
末っ子だったし、父親にとっては息子より娘の方が可愛いかったんではって


私は結婚した当時、教員として勤めていたので
 実家のすぐそばに家を借り、できれば母の手助けを借りたい
   なんという甘いことを考えていたわけで
でも、母が病気に(再発)したことで、思惑は違う方向になったのです

母亡き後も、そのまま実家の傍にいたので、祖母と父の生活を見ることに
 
母の入院中から、祖母は昼・夕食は家で済ませ、父もと思ったのですが
 「これはまずい」とか「これは嫌い」と、言い張るので
こちらとしても小さい子がいるし、「もう自分で遣れば!」ってなっちゃって

父は退職後は、パート勤め、それもだーーい好きなパチンコ店で
 それからは一層自由気ままに、「好きな物だけ食べて」ってなっちゃうのです

健康管理という面では、どんなに自分勝手なことをやっても
 きちんと見てあげれば良かったな~と反省することになるのです

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