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個別記事の管理2014-02-10 (Mon)
「自己紹介」の所に書きましたが、私の仕事はピアノ・リトミック講師
  国勢調査のときには「自営業」という分類に入ります

ピアノなどの講師は、特に資格を持たなくても
 「教えます」と思えば生徒を集めて始めることができます
とはいっも、私は自分の能力だけでやるという自信がなく
 この時期になると盛んにスポットCMが入るように
大きなメーカーの資格を取って、そのメーカー所属の楽器店に所属
 という形で講師をやっています

私が所属した楽器店は、新興な楽器店で、ゆる~~く営業
 ま、子持ちになってから始めたので
やれ「講師会の演奏会」だとか言われてもちょっと~って感じ

主な生徒は子供、園児~高校生、そして、趣味の大人の方
 単発で保育士を目指したり、更にはピアノ講師をという幅広い生徒層
月に何回レッスンと決まっていて、自分の都合で休講にした場合は
 必ず補てんしなければいけないというシステム

右の乳がんの時は、手術と放射線治療だけだったので
 手術の時に、発表会を済ませて発表会振替休日とそれまで公休日もレッスンしていたので
その貯金で年間のレッスン回数をカバーすることができたけど
左の乳がんでは、抗癌剤での治療が分かった時点で
 もう楽器店のレッスンはできないかな~ということに
というのも、義父母の介護の為に引っ越したので
 教室まで通うのに1時間掛かるからで、それだけの体力はないかなと思ったのです


今回の手術の時は1カ月代わりの先生をお願いして5月いっぱい休んだのです
 人それぞれのやり方があるし、生徒も慣れるころ1カ月経ってしまって
双方に「やりにくさ」だけが残った感じだったんです
 双方言いませんが、なんとなく感じることってありますでしょ?
大人のレッスンを軽んじているわけではないのですが
 子供の場合、将来が変わってきてしまうこともあるわけで…

更に、自分のことを考えると、これから先歳は取るわけで
 いつまでも片道1時間の通勤は無理かな~
いえ、病気後もフルタイムでこれくらいの通勤しているっていう人もいますよ
 でも、私はダメかな~って思ったんです
それに、年々・いえ、月ごとに手のかかる度がupする義父母もいますから

それで、これを機に、抗がん剤治療が始まり、一回目が終わった7月末に
 楽器店教室を退職することにしました
今まで25年間、父の入院介護・葬儀などもあったりしても
 ほとんど迷惑をかけることなくやって来て
「辞める」ということは悲しかったけど
 中途半端になって迷惑かけるのもいけないと思ったんです

私の心残りとしては、リトミックのクラスと「この子は有望だわ」という子がちらちらと
 そんな子の将来が楽しみで、もっと関わっていたかった

代わりの講師は「若い・新卒」を探したいと楽器店の意向だったのですが
 私の生徒の保護者には「年季の入ったベテラン」を希望するかたがいらして
(はい、私はしっかり年季の入った・歳喰った講師ですから
「年取っていればいい」というものじゃないですよと言っても
 「若くて弾けても、教えるのとは違う」と返されて…
ごもっともな意見でそれ以上は言えませんね~

そういう意見もあるので私としては、「経験のある〇〇先生」を楽器店に推薦したんだけど
 楽器店の採用した方が、まだ講師資格を持っていない、これから取る面識のない方
保護者に「どんな先生ですか?」と聞かれても答えられるわけもなく
 結局、そういう考えの保護者のお子さんは他の教室に移って行ってしまって
習い事に対するシビアな一面というか、当たり前のことというか

嬉しい誤算だったけど、抗がん剤の副作用が思った以上に軽くて
 「あの時辞めなくても良かったかな~」なんて思ったけど
それは後から思うことであって、あの時は正解だと思ったんですものね
 なんて、自分に言い聞かせています

自宅の方は相変わらずやっているので、張り合いになっています
 仕事はストレスにもなるけど、生きがいに感じられることは良いことですよね


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* Category : 私・左・化学療法
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