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個別記事の管理2016-10-26 (Wed)
昨日までの寒い日から一転、今日は9月下旬の気温ですって
 風邪?花粉症??ってなって一週間、すっきりしない鼻です

昨日は、祖母の帰宅に合わせて実家へ
10月25日は、母の命日、亡くなってから30年の月日が経ちました

私が母の年を抜いてから4年、尚更若かったな~と思います

同病だった母、発覚したときはステージⅢだったので
 私の時に比べたら病状も進んでいて
「ハルステッド術」という、今ではほとんどやらない術式で
 肋骨がはっきりとわかるほどの大きな傷跡でした

詳しい薬剤は分からないけれど、抗がん剤治療を受け
 今では○○という薬で…って説明を受けるけど
当時は先生にお任せ・指示通りという遅漏の進め方だったから
 薬の名前とかも聞いた覚えがないです

鎖骨にも転移していたので放射線治療も受けてました
 当時は「コバルト」だったので、現在のものより一層
  火傷の痕が酷かったように思います

残念ながら、治療の甲斐なく、6年目に55歳で亡くなってしまいました

母の主治医にも「娘さんも気を付けて」なんて言われてたけど
 何を気を付ければいいの?なんて思ってたわ
「母世代より若くして掛かる」と言われたので
 49歳のときに宣告されたときは「やっぱりね」とも思ったっけ

30年前は、一人目の子も小さく、よちよち歩く中で葬儀の準備
 最後の入院から半年、痛みを訴えていたの
最期の2・3日は「モルヒネ」も投与されて、昏睡に近かった

亡くなったことは悲しいけれど、もう痛みを感じなくなってるんだと思うと
  悲しみよりも救いの方が大きかったかな

実母の祖母はまた違った感覚でいたんでしょう
 いくつになっても子供は子供ですものね

今ではボケボケの義父が「お母さんをなくすことは心細いことだろう」って
 優しい一面を垣間見たことは覚えているの
(義母にはね「私はこの服でいいかい?」って聞かれて「はーー?
  そんなこと自分で考えてくださいよだったゎ)

それからの10年は、二人目の子も生まれて、仕事を変えて
 幼稚園→小学校→中学→高校→大学とひたすら子供中心
自身は特に大きな病気をすることもなく、父の入院や義母の事故入院と
 ちょっと看病っぽいこともあったわね

そして、今から10年前、母亡きあと20年目に
 自分が乳がんと宣告されたんだった
ステージこそ違うけど、同じ病気を同じ年に宣告って
  なんだかなぁ

食事にも気を付けて、ファストフードは極力摂らなかったし
 運動は嫌いだからしなかったけど、太らないように気を付けていたし

掛かっちゃうものは掛かっちゃうんだよねって感じ
 それでも一回目の時は手術&放射線治療だけだったから
「がん患者です」っていう意気込みも少なかったわ

ま・さ・かもう一回かかるなんて思わなかったもの

今では半分「なるべくしてなった病気」と思ってます
 「遺伝」なのかなぁ~調べる勇気もないけど
もし「遺伝性です」って言われたら娘の人生にも関わるし

今年祖母(103歳)も乳がんと言われたから一層可能性高いでしょ
 なんだかなぁ~~

10年前の今頃は「検査結果待ち」の日々
 もしガンだったら5年後は?子供の結婚みられないの?孫の顔はって
   毎日鬱々として日々を送っていたわね
その時の私に「大丈夫10年後そこそこ元気よ
 ただし、未だ孫はおらず、娘は未婚だけどね」って言います

 
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* by ♪デコ♪
そうなのよ^^
何を気を付けるんだって話

内臓じゃないしね
遺伝と言われりゃ~ぁ仕方がない

デコの場合母方の親戚多いんだよね。。

しかし二つとも失う予定は想定もしてなかったが
たまに思うよ

弟妹はどっこも悪くなく元気
あ~ぁ何で私こうなんだろ??ってさ

お金がなくてもいい
元の身体に戻りたいっ

そう悲観な気持ちや
ナニクソやってやるわいと言う負けん気な気持ちと
波があるわよっ

これからの時期は特にそうよねぇ
寒さが堪えますもの

頑張らねば^^

前日はワンにありがとうね
今暫くですが元気は元気みたいだから^^

Re: タイトルなし * by ともりん

♪デコ♪さん、こんばんわ!コメントありがとうございます。

ワンちゃん、まだまだ大変な状況でしょうが、少しずつ快方に向かっているのですね。
日本語で痛い!とか言ってくれればいいんだけど、こちらが察してっていうのも大変ですよね。
どうか、このままお家に元気に帰れますように!

そうなんですよね、「遺伝」とか「体質」とか言われたら「は~そうですか~」って。
ウチも、両親ともに「ガン」で亡くなってるし、他にも曾祖母とかも部位は違うけど。
なんて言ってたら今年祖母までもが「超高齢のがん患者」になっちゃって。
こうなったらもう諦め感も出ますよ。

ほんと、お金は暮らしていければいいから(これも高望み?)元の体・再発とかにビビらないでいい体になりたいですね~

普段はそんなにでもないけど「定期健診」が近づいてくると「大丈夫か?」って気持ちが強くなるのです。
来月そうなので、これから一か月くらいいろいろと悶々となって、何年たってもこの気持ちは変わらないです。
お正月晴れ晴れと迎えられるといいなぁ~というのと大丈夫大丈夫っていうのがシーソーしてます(笑

今日はぐーーんと寒くなって、傷口は痛まないけど、なんとなく縮込むような冬になるの。
強張らないように、姿勢よく行きたいですね。

♪デコ♪さんも風邪ひかないように気を付けてください。
そして、ワンちゃんが元気にお家に帰れますように!って祈り続けますね。


個別記事の管理2016-10-14 (Fri)

すっかり秋らしく涼しくなってきました
家の「超寒がり屋」の義父、寒い寒いと重ね着して、それでも寒いと言ってます
「そんなに寒かったら冬はどうする?」とか「暖かい沖縄に一人で行けば?」と
 チクチクと主人にいじられてます

先日、急逝した叔母の葬儀も済み、今は空き家になってしまった家を見ては
 寂しさが募ってしまいます
「初七日」までは別居していた長男たちがお線香をあげに来ていましたが
 2週間経った今ではそんなこともなく、仏様も寂しいかなぁと

家の仏壇には私の会ったことのない人々が祭られています
 でも、毎日水変えて・お線香挙げて…はやってますょ
一番知っているはずの義父や、その次に知っているはずの義母は
 線香=火を使うので、止めてもらってます、だぁって危ないんですもの
火事になっても、火傷しても…手がかかりますから


6年前、叔父(義父の弟)が亡くなったときに
 叔母一人暮らしになることについては話題になっていました

葬儀の時も「一人になったことがない」と言ってはいたけれど
 当時はまだしっかりしていたようにみえたので
私も「一人暮らしも気楽でいいかも~」なんて言っちゃってたんです

でもそれは、年齢なことや性格の事を考えて言わないといけなかった
私はまだ若い部類に入るし、一人でいても楽しむことがあるし…

叔母ちゃんは性格的に「心配性」なことや、年齢も若くないので
一人が不安というのは十分有り得ることだったんですよね

私にでさえ一人暮らしの不安を言っているので、自分の兄弟には尚更
 
叔父の葬儀場で、長男・嫁のお母さんが「これからは一人暮らしを楽しみましょう」といったとかで
 叔母の兄弟たちが「そんなこと言わせて良いのか」とか
叔父側の親戚も「一人暮らしは無理、帰ってきてあげないと」とか
 皆で叔母のことを思いやって言っていたのです

でも、家庭にはそれぞれ事情があるので、結局別居のまま
そして、今回の急逝ということで
叔母の兄弟たちは、かなりご立腹だったようでした

亡くなった原因は「急性心筋梗塞」ということだけど
 コレステロールが高かったとか、血圧の薬の管理が・・・・とか
これは同居していれば管理できたことではないかと思うのも無理ないかも

家も、「薬飲んだ?」と毎食見張るし、定期的に受診に連れて行くし
 同居前は「健康診断受けたことない」状態だったのが
今では毎年受け、インフルエンザの接種もさせてるもの

葬儀後の会食で、叔母の兄弟たちのテーブルに行った時
 大きな声では言えないけれど、と言いながら
「なんで一緒に暮らしてくれなかったか」「そんなに嫌だったのか」
 「一緒にいてくれたらこのようなことにならなかった」と

そう思うのも分かります、だったら6年前に強く言ってほしいなぁ
 今になって「たられば」の話をされても…ねぇ

農家で、コメやリンゴの出荷をしていたので
 農作業に来たり、農繁期は一日おきくらいに来ていたの
それを見て義父なんか「よくやってる」って褒めてましたけど
 すみませんね~~農家の仕事できない長男夫婦で

でも、それは日中だけのことで、そのほか大部分は一人暮らし
会社員が会社の仕事をして帰宅するのと同じでしょ
その時だけの様子と、毎日の細かい様子は別ですものね

6年前と、ここ1,2年の状況は明らかに違うのだから
 せめておかしいかもと思ったときに何とかできていれば
  と思うのも分かります

ただ、私たちは「いとこ」に当たるので「こうしなさい」という立場でなく
「伯父・伯母」の皆さんが言ってくれればまた違ったかも

因みに、叔母の長女は、「嫁ぎ先で同居」しています
 この長女も私に「どうして一緒に住めないのかが分からない」と
姉弟だからこそ言ってほしかったと思う半面
 近すぎるからこそ言いにくいということがあったのかなとも思う


今の日本は、戦前の「子供が同居して親を看る」という習慣と
 戦後の「親は親、子供は子供」という考え方の
  両方が同居しているようなもの

進歩的な考え方をしている若い世代と保守的な考え方の上の世代
 相容れない考え方だからこそ、お互いに不満が生まれる

長男・長子だから同居するのが当たり前、と言われるのも不満だし
 別居していたから…と言われるのも、なんだかなぁ~~



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個別記事の管理2016-10-07 (Fri)
先週・29日の木曜日、義理の叔母がお亡くなりになりました
 享年79歳、平均寿命からするとまだまだのお歳です

手のかかる義父は4人兄弟、姉・義父・妹・弟、という構成で
 姉と弟は亡くなっています、叔母は、この末の兄弟の奥さん
叔父亡きあと、6年間、一人暮らしをしていました

家と叔父・叔母の家は「本家」と「新宅」という呼び方で、道を挟んでいます
 子供達(主人のいとこ)は姉・弟の二人で、市内と隣村に別居

叔父は、発覚したときには末期の肝臓がんで「余命3か月」と言われる状態
 その時も家に来て、「お腹に触れるものがある」と私に
まぁ、私が「がん患者」ということは知っていたので…先輩?
相談されても…なので、M医院の先生に言ってみては
M医院でA病院に紹介状を書いてもらって…A病院では治療できないと言われ
 大学病院に改めて紹介状をもって行って、抗がん剤治療を受けて
せん妄がでたり、黄疸で痒がったり・痛がったりしていたけど
 宣告された余命の倍、自宅で過ごしていました

最期の日も、農機具の手入れをしていたのを見かけていて
 まだまだ自宅で過ごせるかなと思っていたのに…
ぶつけたのか患部が酷くなっていたのか急変でした

それから叔母の一人暮らしが始まるわけだけど
叔母はとっても寂しがりや、「長男一家と一緒に住みたい」と言っていたの
それは、親戚誰もが聞いているんだけど~~~同居にはならなくて

というのも、長男のお嫁さんの実家は、お父さんが早くに亡くなって
 お母さんという人が「一人暮らしは気楽でいい」と言っていたので
自然と娘さんも(叔母の長男の嫁)もそう思っちゃったんでしょうね
 そうなると、長男(叔母の息子)もその方が良いかな~~って……なるわよね

車で10分足らずのところに家も建てていたし、子供の転校も絡むと
 なかなか引っ越してくるというのは難しいのかも、ね~と良い方に解釈

寂しい叔母は、仔猫をもらって、それはもう「猫かわいがり」
ウチでも猫を飼っているので、ますます行き来するようになるのでした

そうするうちに、5年たち、去年あたりから「おばちゃん大丈夫
ということも増えてきて、 隣で見ていても、服装とか、行動とかが…不安

一日に何度も「お散歩」するし…義父と同じ
服装も「いつ着替えたの?」と…義父母も同じ、言わないと着替えられない
同じ話を何回もするし、ゴミ出しの曜日とかが分からなくなって…以下同文

やはり娘さんも心配だったので、「ボケ老人看取り」の先輩の私に相談
 ・介護認定を受ける
 ・もし介護度が低くても「デイサービス」を受けられる
 ・同様にヘルパーさんに入ってもらうことができる
などという話をしたのが今年の2月

速攻で、3月から、週2日のデイサービス・1日のヘルパーさん
 の利用が始まったのでした

義父母と違うのは、叔母は「自覚」していたこと
 「この頃いろいろ忘れちゃう」「回覧板の大事なとこ書き出して」と
そこで「物忘れ外来」という認知症について受診することになって

それが9月29日、当日の事です
CT検査を受けているときに「ドキドキする」「気持ち悪い」と訴えて

生憎、心臓専門医がいなかったので、大学病院に緊急搬送
カテーテル術などを受けたけれど、残念なことに
 意識が戻ることもなく22時30過ぎにお亡くなりに

私たちが連絡を受けたのは18時半、
その時は「今すぐどうということは無いけれど…」と言われたのに
19時過ぎには「会わせたい人がいたら」という連絡に

主人はすぐに駆け付け
私は…義父母に夕飯食べさせて・薬飲ませて・リハパン履き替えさせて…
 急いで駆け付けた病室には、おばちゃんが人工心肺に繋がれていました
   呼びかけても返事はなく、手足も冷たく…

あまりにも急なことでした
午前中には草取りをしているのを見かけたのに

心筋梗塞とのこと、発作時は苦しかったでしょうけど
 叔父のように「ガンの痛み」で長く苦しんだことを思うと
   少しは良かったのでしょうか

叔母ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます



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私の場合…未婚の娘・長男…それから主人、の順番かなぁ
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