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個別記事の管理2014-06-30 (Mon)
頼みの綱の「ラシックス」切れで浮腫みがなかなか治らない~~
 おも~い体で過ごしていた2013年1月14日:ドセ終了後35日目)
こんな時に降らないでもいいのに、雪が降る~~

手術後「腕のむくみを起こさないための注意事項」というのに
 確か「雪かきなどの重労働」ってあったような気がするけど

夜とかに降った場合は主人という「かき手」がいるけど
 日中は、か弱い私と、労働力にはならない義父母

田舎なので、やたらと敷地が広いんです、其々の自宅前はかくのはもちろん
 小路は総出で雪かきするのが当たり前なのね

手術を受けて入院したことも、もちろん抗がん剤治療を受けたなんてことも
 周りには一切言ってないので、出て行かないわけにいかないし…
年齢層が高いので、私は立派な「若い者」になっちゃうのです

ということで、顔を出しました ちょこっとやったくらいですが

冷えるとへバーデン結節の痛みが出るんですよ、この日は右手小指に発現
 指の痛みが増えないように、また、リンパ浮腫になるのも怖いので
下半身に負担をかけるようにして、雪を掘り上げるようにやってみました

せいぜい30分もかからないので、大丈夫だと思ったのです
 しかーーし、自分の体力低下を甘く見ていました
下半身が、腿と言いふくらはぎと言い、筋力がないのです
 途中からプルプルしちゃって、足をあげること自体がすっごく辛い
お正月の階段登れなかったことと同じくらいショック こんなはずでは…

冷えたせいか、夜には軟便→下痢 でも、体重は減らないの

翌:1月15日:ドセ終了36日目
 前日痛かった手は痛みはなくなって でもでも、痺れる感じ
強く痺れるのではなくて、血行不良の時のような、長時間下にしてちょっと変?ってくらい
 シュワッシュワッっていう表現に近いのかな
ちょっと心配だった腕は、怠くもなくもちろん太さもいつも通り
 
ここのところ治まっていた口の渇きが復活
 舌の表面がザラザラしたような、赤みも増してしまっています
でもね、しっかり食べられるの そして、体重も変化なし
 こうなると「増えなければいいか」と思ってしまうのです

翌:1月16日:ドセ終了後37日
 前々日の、ひえから来る下痢からやーーっと普通のに回復
 
一つ良いことがあると、そのお返しとばかりに悪いことがあるのです
 前日はちょこっとした痺れだったのが、この日には「ピリピリッ」って悪化
何処にも触れていないのに、ピリピリビリビリ……
 
そして、更なる追い討ちとばかりに動悸もお出まし
 この日は痺れ・口渇・動悸の三重苦
この三つって「抗がん剤ドセの副作用」にしっかり入っていましたね~~
 調子上向きになったり下向きになったり

「薄皮が剥けるように徐々に良くなる」って言ったの誰でしたっけ?先生!

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痺れたのって、絶対体重増加だけが原因じゃないですよね
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個別記事の管理2014-06-27 (Fri)
時は1月(今と全く季節が違います)足全体がしもやけになってしまって
 痒いのやら、痛いのやら~ だったけど
しもやけ用の薬で少しは改善した、ドセ終了31日

翌日の32日目:2013年1月11日には
 しもやけの症状は更に改善し「念のために塗っておこうか」くらいに
 前日、右手の中指の爪周りが剥がれそうだったけど
  そちらの症状も良くなっていました
 絆創膏を貼っている時間は長いけど、剥がれて痛いよりはいいから

この日は、年明け初めてのレッスン日
 右手の絆創膏が目立ってしまい、生徒に突っ込まれる
 絆創膏したまま鍵盤に触ると、粘着の所が痕ついちゃうのです
 するとそこがベタベタして気持ち悪いと…う~ん、ごめんなさいね
  ということでこの日は「新年でもあるし…おまけでね」って
 たまにはこんな日があっても仕方ないよね

33日目:1月12日(土)
 前日、少しずつ良くなっていた指の違和感が、この日は「痺れ」という感じに
 体重は増えてはいないけど、減ってもいない…横ばい
  朝よりは夜になると増えるけど、以前のように1キロ以上ということはなくなっている
でも、術直後より5キロは増えているので、我ながら体が重い
  痺れとかの症状は「よくなったと思うと次の日は悪化」と、油断できません

34日目:1月13日(日)
 指先やふくらはぎの張った感じは相変わらず
 日曜日でいつもよりゆっくりな朝だったためか、怠さは良くなっている

毎朝、余裕のない朝食準備なので、朝食を作った後「一休み 」しないと動けません

家の場合普段の朝ごはんは、3陣に分かれるのです
 第一陣は、仕事に出かける主人。大体6:30ころかな
 第二陣は、何もやることがない義父母。7:00にはごはんね
 第三陣は、私。7:40くらいから、一人でモグモグ

義父母と一緒に食べても美味しくないので~~ 一人でゆっくりですょ
 その頃の義父母は、もう食べ終わって自分たちの部屋で  
驚きますでしょ、でも、「食べたら寝る」という生活なので…

朝は快調でも、午後になると自分の体の重みを実感
立っているとやっぱり足の裏がジンジンとしてきます
 水分が下の方に下の方に、下半身に溜まっているのでしょうね
寝るときは足を高くして寝るんだけど、それくらいでは改善しません
 やっぱり「ラシックス」切れが痛いのかな~~

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「ラシックスは気休め」って言われたけど、私には効き目あったのよね~
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個別記事の管理2014-06-25 (Wed)
手の指が痛い原因が「へバーデン結節」ではないかと思ったドセ28日目
 この結節、痛い時はキューーって痛いけど、ずっとの痛みじゃないの
翌日(2013年1月8日)には痛みはかなり良くなって
 気休めに湿布を貼っていればOKくらいに収まりました
ドセの時の筋肉・関節痛に比べたら、御しやすいいい子だわ

その代り口のぬるぬるとした感じが復活(しなくていいの
はじめに渇きを感じて、そのあとにはぬるつくのよね
 小まめにうがいをしなくっちゃいけないということでしょうか

夜には今度は足に症状が本当に次から次へと
 親指だけなんだけど「しもやけ」ができて、痒いこと痒いこと
市販の「しもやけ用」薬をぬりぬり~~
 でも痒いのは温まると強くなるのです、入浴後はツイポリポリと搔いちゃって
こういう時に靴を履いてお出かけだと堪りません
 が、買い物位なので、そんなに悲惨なことにはならっず良かった~~

翌日:ドセ終了30日:1月9日
 前日より良くなったっこと…口の渇きがいくらかましに
 悪くなったこと……………・しもやけが足の裏全体に広がったこと
                  動悸がして困った

う~~ん、しもやけの薬付けているのに、その名は「ヒビプロ」
 薬局の人に勧められたのに、しっかりつけているのに
  足の裏全体が赤みがかって、痒いのなんの、ついついポリポリとね
この赤みって「手足症候群」の症状だったのかと後になって気づくというお粗末

何もしなくても心臓がドキドキ脈打っているのを感じて
 こんな時でも床掃除しないと気が済まない、なんという貧乏性なのでしょう

翌日:ドセ終了31日:1月10日
 前日より良くなったこと…しもやけの症状、痒みが消え赤みも薄くなってOK
 悪くなったこと…………・右手の中指の爪が肉から離れそう
 変わらないこと…………相変わらず動悸がするのです
                体重がこの3日間、ピタリと同じ、減りません

体重は減らないけど、一時期毎日増えて行ったことに比べたら良いのか
 むくみも相変わらずだけど、頼みの「ラシックス」が終わってしまいました
次の診察日まで半月、う~~んこの重い体もあと半月は続くのか?

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「しもやけ」も普通のと違うのね、搔きすぎてヒリヒリしてしまいました、我慢弱いの
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個別記事の管理2014-06-22 (Sun)
通院中の病院には「患者会」があります
 立ち上げは8年前、私の右乳がん発覚の年
患者側から「他の人と話がしたい」というのが始まりだったそうで
 基本的には隔月・土曜日の午前中
先生や看護師さん、時には薬剤師さんも参加しての開催です

右乳がんの時は、楽器店教室のレッスン日だったのでず――っと参加できず
 ま、治療らしいことやってなかったし~~だったし
左の時は、仕事を辞めた後だったし、情報もほしかったり
 家から離れたい(義父母からね)口実にも丁度よく
  治療終了後からはほぼ参加しています

会の内容としては、先生方から「ホルモン療法」とか「再建方法」…
 薬剤師さんからは、副作用のこなし方… 
看護師さんたちは、聞き手になってくれることが多いのかな

はじめの時こそ看護師さんが「同じくらいのグループ」に連れてってくれたけど
 会を重ねる毎に顔見知りの人もできたり、楽しい時間に
病院を変えるかもしれない私には、こういう場がなくなることがちょっとさびしい
 「変わっても来ればいい」と言ってもらえてるけど~~どうなんだろう??

昨日は特に無く「語る会」の予定で、もう、みんな喋る喋る
 時には主治医の方々もやり玉にあがっちゃいますよ~~

私の頭頂部具合をご存じの方々「その後どう?」なんて遠慮なく
 なので、「いや~まだまだヘアピースのお世話になってますぅ」というと
他の方から「え~~、自然で自毛だと思った」なんて嬉しい言葉も頂ける始末
FECからドセの治療を受けた人の70%は薄毛に悩むなんて資料もあったから諦めです
 なんて言うのを看護師のTさんが聞いて「先生に相談した?」と言ってくれたけど
「先生は、みんな薄いって悩んでるよ」って、それだけですもの
  「この薬が効く」っていうのがあればいいのにね~~と一同
パクリの人が5年経った今でも痺れがあるというのを聞くと
 どっちもどっちかしらとも思います

でも、Tさん情報によると、当病院FECから次の治療はパクリの人が殆どなんですって
   あ~~、完全にアウェイな気分です

他に「ユニクロのブラトップ」はやっぱりいいらしいですね

昨日一番の情報は「胸の再現」について
 12月に形成外科の先生に「第一次再建」「第二次再建」と
手術で再建することについてお話を聞いたんだけど
 手術中の生生しい画像を見たりして…ウ~~ン、痛そう

一人の人が「胸の再現」ということで実物を持ってきてくれたのです
 全摘後の胸と、その「新しい胸」を付けたときの写真も見せて貰って
   付け方は、専用の接着剤で付けるだけ、水の中もOK!
町内会の旅行で恒例の温泉に行くことになって、不参加もしづらく…
 手術を受けたことも話さないつもりだし… ということで探したものなんだそうです

人工物(シリコン)なんだけど、元々の肌の色と全く同じ
 静脈の見える感じやホクロもつけてあって
付けている写真は本当に「本物」と思うほどです
制作するときは、自宅に工房の人が来て、 肌の色や形をより実物に近づけるように
 綿密に制作したそうです
一度接着剤で付けたら、専用の剥し材でないと取れないそうで
 もちろん、温泉に入っても大丈夫!ただ、湯上りの火照り感はないけど~って

再建手術を受ける=もう一度全身麻酔 というのがネックだったら
 こんな方法もありますよということだったんです

ただ、ちょっと触った感じが堅い・そして重い
 それに、これはどの再建方法でも当てはまるかもしれないけど
    年を取ったことによる、形の変化についていけない
 
見せてくれた人は30代の若い方、これから先の変化が…絶対あるよね?

そして何より、お値段が な・ん・と………ほぼ、百万円

それを聞いたら、「ウ~~ン」しか言えませんでした

その方は、お母様が費用を出してくれたんだそうです

再建や治療にはその人の「何が大事」という価値観が主体になってきますよね
 私、今の自分にはその「再現胸」を作るという気持ちはないけど
もし、もーーっと若かったり、軍資金にも事欠かなかったら、ありうるかもしれないかな~

今は、100万円あったら…近い老後に備えて貯蓄かな

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患者会の時間だけでは足りなくて、ランチに繰り出し、喋る・喋る~な私たち
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個別記事の管理2014-06-20 (Fri)
ドセタキセル終了後27日目の2013年1月6日
 手の指先がいつもの痺れ感よりちょっと強く
ぐーぱーしてもさすっても…う~~ん痺れというか痛みが引きません
 特に右手の薬指(4指)と小指(5指)が痛いのです
いつもだったらお風呂に入ったりすると良くなるのにな~なんて思いながら就寝

次の日1月7日の早朝、右手の4・5指のギュ――っとする痛みで目覚め
 痺れは手全体という感じに来ています
腫れているのか浮腫んでいるのか、手を握ることもできません
 指先がね、手のひらにつかないの
体重は変わらないから、身体全体のむくみは酷くなっていないのに

実は、朝起きたときとか手が握りづらいのは前からあった症状で
 これって「更年期」の症状の一つなんですよね
自他ともに認める「更年期世代」ですから
まぁこの症状も起きて動かしていくうちに収まるのは経験済み
 この日もその症状が強く出たくらいに思っていたのです

でも、なかなか「握りづらい」が良くならなくて
 改めてまじまじと手を見てみたら…
なんと 指の第一関節が赤く腫れているのです

この症状は実は他の病気なのです

「へバーデン結節」という、第一関節が腫れてしまう病気
左乳がん発覚の前年、2011年夏に宣告されました

この病気に掛かりやすい特徴としては
 ① 40代以上の女性
 ② 手をよく使う人
 ③ 遺伝的

①については、ハイハイばっちり当てはまります
②についても、仕事柄もそうですし、主婦ですからね
③については、実は父も兄もそうだったので。ここでも遺伝的に持ってます

対処法としては、痛みがある時は冷やす・使わない・テーピングなどで保護する
最終手段として手術という方法もあるそうですが、手術はもう嫌です

関節リウマチも、へバーデン結節も、ともに「変形性関節症」ということなんだけど
 関節リウマチは第2関節とか大きな関節に痛みが発するそうですし
血液検査も受けて、そちらの方でも否定されていました

唯良いことは、変形し終わると痛みがなくなるということです
 初めに症状の出た人差し指・中指はもう全く痛くないので
そして、左手よりも右手の方が腫れている度が強いのです
 包丁とかでも右手は活躍してますものね

ギュ―――っとした痛みも、常にではないので
 冷やしたりテーピングでしのげました

ドセによる関節痛とも思っていたけど
 場所が限られていること、緩急があることなどからの判断
本当は整形外科に行って確かめた方が良いんだろうけど
 頭はヅラ・体は浮腫みで重ーーーいので 気が進まなくて
一週間とか長い場合は行こう!と決心して受診せず今に至ってます

ただ、この時に変形してしまった4・5指は
 他の指に比べると、断然変形が凄いのです
やっぱり抗癌剤×関節炎だったから重症になっちゃったのかな

仕事柄、手・指を見られるんだけど、右手はどうしてもこそっとみせます
 まぁ一応女性ですから、見た目も気にはしているのですよね

この病気の特徴でもある「変形が収まると痛みもなくなる」は
 公約通り普通に使えています
そして、ピアノを弾くのにも邪魔にはならないのが唯一の救いかな

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遠慮のない小っちゃい子が「痛い?・骨折?」と聞いてきますが「痛くないよって
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個別記事の管理2014-06-18 (Wed)
お正月って普段でさえ体重が増えやすい私
ドセ終了直後の2013年はいつにも増して、いえ、そんな優しいものではありませんでした

初めて「ふくらはぎ」までもが浮腫みでへっこんだままになって
 太ももは、まぁ、元から太いのですが、さらにパンパンに張って
座ったりするときは「痛み」さえ感じてしまうのでした

2013年1月4日
 指先は強く押しさえしなければ、普通な感覚
  と思えば、「なんかしびれてるよね~」と思う時も…

一日中しびれているのとは違って、循環が悪くなると感じるのかな?
 やっぱり、温めたり・さすったりすると良くなるのです

体重が重いせいもあって、右ひざが痛いので、サポーターが外せません
 そうすると、むくむので、痛みにつながるのです
   「負の連鎖」っていうのでしょうか

1月5日
指先の感じは、前日と同じ。良くなったり悪くなったり…
夕飯のあと、個々の所は収まっていた「口のぬる付き感」が復活
 復活しなくてよくってよ~~ と思いながら歯磨きに精を出しました

歯磨きして、「ハチアズレ」でうがい…このコースが常套手段です
 
口がぬる付くので、あまり食べたくない…結果ちょっと体重が減る
 やったーー こちらはとっても嬉しい「プラス効果」ですね

とはいっても、この時体重は術後の+5,7キロ MAX時より-0,6キロ
 う~~ん、これは減ったというのとは違いますね

むくみには「足を高くして休むと良い」と言われますが
 寝ようとしたときは、高くしています。が、途中で寝返り打って、結局は普通に寝ています

1月6日
右ひざの痛みは少し良くなったけど、下半身の重いのは相変わらず
何より困ったのは、指先がしびれてしまったこと、ものを落とすとかはないけど
 う~~ん、どうしてよくなったり悪くなったりするのかな?
段階的に良くなるものと思っていたのに

この痺れ、実はちょっと忘れていた病気の「復活」の兆しだったのです

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昨日の「魔の火曜日」体重増やさなかったんですよ~~規則正しく過ごしましたの
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個別記事の管理2014-06-16 (Mon)
2012年7月から始まった化学療法(抗癌剤治療ともいうけど)
 この年の内に、雪が降らない前に…と諸々の思惑通り
2012年12月にはFEC→Tの治療も、伸ばすことなく前8回終了
 まぁ、途中あわや緊急入院かとか、毎回グラン打ちということはあったけど
トリプルネガティブだから、これが終われば経過観察しかないのです

投与後2週間目にステージに立つなんという暴挙のたたりか
 それとも、先生が言われていたけど「副作用は蓄積される」というののせいか
もし、次の投与があるのなら受けている日にちになる、1月1日(火)
 熱はないけど~身体がフワフワした感じ~~更に重~~い
という、正に「めでたさも 中ぐらいなり おらが春」を迎えました

口の周りの違和感は多少良くなってきてるんだけど
 むくみがね~~ ふくらはぎまでもが「押したら戻りません!」と反抗的
今まではせいぜい「足首がない」とか「座りにくい」くらいだったのに

余りにも自分の体が重いので、体重を記録していたんだけど
 12月31日…むくみMAX  と書いてあって、体重が…秘密(笑)だけどやっぱりMAX
 1月1日……むくみMAX 体重も もちろん!MAX

え~~、22日目になるというのに、更に浮腫んでいるではありませんか!

お正月は太りやすいってこともあるけど、絶対抗癌剤のせいですよね
 いつになったら、副作用とおさらばできるのかって
まあ先生たちも「人によっては長引く」とか言ってましたよね
 この「人によって」って言葉何回聞くことでしょう
これって結構便利な言葉だと思いません? 「私は違うのね」って納得させちゃう

1月2日は、5人と一匹で私の実家に新年のあいさつへ
 階段の上り下りがしづらいくらいに足はパンパン!
他の症状、指先のピリピリ感は前日よりは、良くなっていて
 でも、自分でも顔が大きいな~と思っていましたが
兄に「なんか、顔が腫れぼったいな」と指摘され、ちょっとカチン!
 えぇえぇ、そうでしょうね、むくんでいますもの~

1月3日、前日長男夫婦が帰京したので、ちょっと気楽に
 なんだかんだ言っても、まだ新しい家族構成に慣れませんから気を使います
何より、「素頭」を隠さないといけませんからね~~

娘もこの日に帰京するので駅まで見送って行ったときのこと
 ホームまで見送って、新年だからか10分近く電車が遅れていて
立って待っているうちに、足がだるく・足の裏がジンジンした感じに
 娘は「もう行っていいよ」なんて言いますが、見送りはしたいので我慢です
全体重が足の裏に掛かると、重さ×痺れで、痛いような感覚

娘を見送り、車に戻ろうとしたら、その駅の階段が…登り切れるかしら??というくらい
 長く・果てしなく感じてしまいました
そうです、足が上がらないのです。重みと痺れで…
 あまりにも遅いからって、主人が迎えに来て
久しぶりに手もつないで「引っ張り上げて上りました」(笑

その後、動悸もしたりで、体調はイマイチ

最終投与から結構日にちが経っているのに
 抜けた副作用は、口周りの違和感のみ
他の、指先や足の裏の感じやむくみは居座っています
 いつになったら抜けてくれるのかしら??
頼みのラシックス、残り少ないんですけど

当時は「投与しなければ副作用は抜けるもの」と考えていたけど
 他の方のを読むとそうでもないのですね
いつまでも・年単位で残ってしまうこともあるのですね
 あ~~、ホント、抗がん剤っていやらしいのね


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浮腫むと、立つときだけじゃなくて座る時も「よっこらしょ」って言っちゃいました 
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個別記事の管理2014-06-12 (Thu)
毎日梅雨らしい天気が続きます
 庭の草取りは、とってもとってもすぐ生えてきて嫌になっちゃいます
でも、草取りって「やった感」が味わえるのでその点は好きかも

その他の家事の中で好きな物は掃除と洗濯
 嫌いな物というか、無頓着な物は炊事

結婚するまでは、あまり食事つくりに積極的でなかった
 なんて言うと良いけど、要するに作って貰って食べていた

結婚して学校に勤めていたときは 
 お昼は給食があったので栄養面でもとっても素晴らしい

学校を辞めてからは、妊娠中だったり、実家のそばで入り浸りという環境や
 その後の母の入院etc.から今度は私が実家の分も作ることに
そんな生活が、父がなくなって兄一家がUターンしてくるまで続きました

朝ごはんは適当に、夜ご飯はピアノのレッスン日は「温めれば食べられるもの」
 自然に、カレーとかシチューとか(色が違うだけ!)トン汁とか…
レッスンのない日は、煮物・煮魚という子供にとっては苦手な献立

問題なのは昼ごはん、誰かの分も作るという生活が20年近く
 一人だけの昼ごはんになった時には、主人も「弁当持参」の勤務校になったので
自分の分も朝作るという生活に変わっていたので、作ることは作っていたの
 自分だけだと残り物とか適当になっちゃうんだろうなと思っていました

そして、今義父母と一緒(面倒見るというね)なので
 なんかね、この二人、仕事をするわけでもないんだけどお腹は空くんですね
朝は7時、昼は12時、夜は19時とそれはもう規則正しく召し上がります
 夜なんか、主人(息子)が帰ってこなくても二人先に食べさせるのょ

今、要介護2と1の義父母、毎週火・木はディサービスに行っています
 一昨日はお食事会ということで外食してきたんですって
飽きないように、いろいろと変化つけてくれるんですよね

そうなると、火・木は「お一人様」になるわけで
 なんかね、毎日作ると「お昼なんて自分の為に作りたくない」のです
火曜日は買い物に行くので「お寿司」とか「ケンタ」とか「マクド」とか
 あらあら、こんな食生活を続けてはいけませんよね
木曜日は、前の日の残り物、今日は「ハッシュドビーフ」でした

要するに「こんな時とばかりに手を抜いて」いるのです
 時間も「別に12時に食べなくても良いじゃない」と乱れに乱れ
  はい、普段の反動です

おまけに、不規則な時間の為か、いつもより間食の量が多いの

身体は正直、火曜日に体重を測ったら増えているというパターンです
 一昨日なんか、そんなに食べた覚えはないんだけど、前日+0,9キロ
多分「炭水化物」が多かったのだと思います
 昨日草取りとかして-0,6キロになったけど、月曜日より重いです

化学療法終了時、むくみもあったけど、手術直後より6キロ近く増えていたのを
 徐々に減らして、やっと手術直後-1キロにしたのに
どうも、火曜日は太るのですね、じゃあ生活を改めればいいのか
 いや~普段頑張ってるから~~楽をするのは捨てがたい

乳がんに罹った人は、術後太るのは良くないと言われていますよね
 太った分=脂肪 これが「エストロゲン」と似た作用をする とかなんとか…

私は「非ホルモン依存」なので~あんまり関係ないのか?とも思ちゃってて
 詳しく知りたい場合はご自分で調べてみてくださいね
 
だけど、抗がん剤治療中の「絶賛増量中」に
 主治医が「太った??」と明るく聞いてきてたので、明るく「ハイ」と
その後「まあ、あんまり増やさん方が…」とも言ってましたよね~~

再発は逃れたいし、見た目もそこそこ気を付けたいけど
 これと言った運動はしていないし、というかやっている時間がない
がんに効くと言われている「にんじ〇ジュース」も「ブロ。コ〇―・・・」も摂ってない
 ストレスは…ありまくり でも、 睡眠は充分 
規則正しい生活は火曜日以外はOK!

若く元気な時は太っていても良いけど、年を経てきたら太らない方が良い
 なんて言う記事も見つ毛てしまいました

やっぱり気になるから、「これ以上増やさない」という
 消極的なダイエットで行こうかしら
だって、BMIとかでやると…まあ、いっかなんですもの

しかし、体重はすぐに落ちるけど、体脂肪が落ちないのよね
 あと、血糖値も気になるし・・・ やっぱり 運動しかなさそうですね


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歩くだけでも良いって言われるけど、その歩く時間がないのですと言い訳をします
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* Category : 私・左・経過観察
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今日はありがとうね~! * by まっちゃん
こんばんは~! ともりんさん^^

今日は一緒に喜んでくれて、本当にありがとうね!(涙)

まっちゃんも、そういったジュース、お野菜をあまり摂取していなくて、青汁でごまかしてる(汗)

今日の診察で、帰り際に自分から 「先生、半年後にもっと痩せてきますね!」って言って、自分を追い込んで来ちゃった(冷や汗)
現状を維持するのも、けっこう大変だよねぇ! まっちゃんは直ぐ太るからさぁ。
一緒にファイト(^^)

Re: 今日はありがとうね~! * by FC2tomorinn
コメントありがとうございます。
めでたいことは一人でも多くの人と分かち合いたいですもの、そして、お相伴ができると信じてるの(笑

青汁ですか、私は何にも。あっ、「ドクダミ茶」飲んでましたっけ。これって義父に勧められて、めんどくさいから(笑)家族で飲んでるの。腎臓系に効果ありらしいですが。

先生に宣言するのって効果ありそうですね。オカムー好きですよ(笑)ちょっとおちゃめな感じもあるのかな?
私のは…おじいちゃんが進んでいます。まあ、ご本人退職するつもりだったのが諸般の事情で現役ですから。
私、9年目のお付き合いで、言いたいこと言ってるのですよ、おばちゃんは強いので。

体重は、20歳の時より5キロ以上増えてるのは良くないとかって言われてますよね。そちらはセーフですが、いかんせん体脂肪が(泣)
年取ると落ちにくいんですよね~って、まっちゃん私よりお若い!一緒にファイトって勇気持てますね。

体重… * by moko☆
20歳の頃より5kg以上…太ってますぅ(>_<)

歩くとか走るっていうのって
わざわざするのは億劫ですよね…(^^;;
しかも天気に左右されるので
私も長続きしません。

私はホルモン療法もしてるので
太らないように
化療中に買ったエアロバイクを
毎日朝晩30分ずつ続けてます。
テレビとかスマホ見ながらの
ながらエアロバイクですが(^^;;

とりあえず太ってはいませんが…
特別痩せもしませんw
長く続けたら効果でますかね〜?
効果あったらUPするつもりですが
いつになることやら( ´艸`)ムププ

食事は、特に昼は私も好きなものを自由に食べちゃってます(^^;;
朝はスムージー作ってますが
これまたダイエット効果のある配分じゃないのか…減量には至ってません〜w

Re: 体重… * by FC2tomorinn
moko☆さん、コメントありがとうございます。
20歳の頃って難しいですよね。特に出産を経験すると…ね~
それに、元の体重が軽すぎるって場合もあるわけでして。

そうなんですよね、わざわざっていうのがネックです。
エアロバイク、私も考えました!ま、考えただけで実行していないんですけど(笑
元々「運動音痴」なので、走るのが嫌いだし。自転車は腿を鍛えるから、腿は大きな筋肉だから~効果あるんですよね。っと理屈だけは言うのです(笑
ながらでも効果は一緒ですよ、時間を有効にできるし、良いのではないかな~~
私は、生活に追われてるっていうか。それを口実にしているっていうか…いけませんね、テレビは見てるけど
ホルモン療法の方は太りやすくなるって言われていますね、私の主治医も「体重体重」というらしいです。

現状維持で行きましょうね、それに手術室って体力要る職場だと思います。痩せると体力も落ちますし・・・
私は座位の仕事、しかもほとんど口のみ(笑)消費カロリーに対して摂取カロリーが多いのよねきっと。
なので当面は「おやつ」を我慢することにしています。まぁ、なんて目標が低すぎでしょうか(笑

個別記事の管理2014-06-08 (Sun)
父本人は「2000年問題」が気がかり、でも、私と兄は「年賀状作るか?」が気がかり
 とまあ、何とも言えない2000年も無事迎え

その頃には、「鎖骨下栄養補給」もしなくても良いかということになって
 父は「おお、これで動きやすくなる」と喜んでいました
といっても、栄養状態が完全に良くなったというわけでなく
 「長い間刺しているのも良くないですから」というわけで
そうですよね、また感染症を起こしたら困ります

相変わらず病室に入る時の徹底した消毒は続いていましたが
 祖母(父には義母)は高齢ということで面会できなかったのが
「短時間なら良いです」と言われるくらいに回復してきていました

義理の親子といっても、40年以上一緒にいると、双方言いたい放題
 そんなのも、まるで自宅にいるかのようで良かったのかもしれません

自宅と言えば、お正月に「一時帰宅したい」と言っていたのですが
 私と看護師さんに速攻「ダメ」と言われてしょぼくれていましたっけ
雑菌だらけの世界に行ったら、また感染症おこしますから
 それに、お正月は私は嫁ぎ先に行くことになってるし
普段一緒にいない兄一家では勝手がわからないから、勝手とは、父の扱い方(笑)ですが

こうやって、年明けからは徐々に父の体力もついて
 回復しているようにも見え、「なんとか退院できるんでは?」と期待していました

2000年1月19日(水)
 いつものようにお昼ご飯に合わせて面会
 起き上って自分でごはんも食べ、持って行った「大根干しの煮物」も
  「やっぱ、味が薄いわ~」と文句つけながらも食べ

父は九官鳥を飼っていて、その名も「きゅうちゃん」安易ですが
 雛の時からなのでとても可愛がっていました
自分が体調が悪い時は、それどころではなかったのか話に出ませんでしたが
 このころには「きゅうちゃんは無事か?」「ちゃんと見てくれてるか?」と
いかにも私が適当に見ているかのように…いいえ、水浴びもさせて可愛がってましたよ

この日も、そんな「きゅうちゃん」の話もしていたら、看護師さんが来たので
 「きゅうちゃん」がこれだけの言葉を言うなんて、自慢もして

本当にこのまま回復してくれると思ったのです

夕方6時半、祖母が慌てて家に来て「病院から電話があって、すぐ来るように」と
 急いで病院に向かうと、父は挿管され、心臓マッサージが続いていました

お昼の時とあまりにも違う姿に茫然でした

緊急に医師が呼び出され、病室に着いたときには、顔は紫色
 典型的な「窒息」という状態だったとのこと

原因は、たぶん「誤飲による窒息」ということでしたが
 これをはっきりさせるには、挿管を抜いて内視鏡で調べるしかありません
挿管を抜くということは……死に至らせるということ

せめて兄が来るのを待ちたかったのですが、 4時間近く掛かってしまいます
 それまで心臓マッサージを続けることは、 規約上無理があるということでした

主人と祖母と3人で相談し、心臓マッサージを止めてもらうことに決めました

時間は午後9時2分

その代わり、原因を究明するために内視鏡で検査を受けました

検査の結果、「緑色の物体が気管に詰まっている」と分かり
 献立を調べると、夕飯に「ブロッコリー」が出ていました

父は、よくむせていましたので、食事の時には「とろみ付」をしてあって
 薬の粉も「お湯で練って」丸めるようにして飲んでいました

ここの所調子も良く、食事も自分で摂って、見守るという状態に回復していたのです
 こんな時こそ、要注意だったのでしょうね


直接の原因は「誤飲による窒息」ですが
 それに至るまでの体力低下を起こしてしまった原因は
がん治療の「5年経過」を甘く見てしまい、健康管理を怠ったこと
 側にいたものとして、とても悔いの残ることでした

「病院側の責任を追求したら」という父の友人もいましたが
 そんな経過だし、家族としては自分たちの責任も感じていたので
そんなことを言い出す気力もありませんでした


父のひつぎには、大好きだった「タバコ」と可愛がっていた「きゅうちゃん」の羽根
  などを入れて、お別れしました




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* by べにこ
ともりんさん、お父様のお話読ませていただきました。
愛嬌があってとても素敵なお父様ですね。
最後にきゅーちゃんのお話・・・、涙が出ました。

まさか誤嚥から・・・だったなんて。
驚かれたでしょうね。
回復しかけていたから尚更、お辛かったでしょうね。

私の父は心臓で突然・・・だったのですが、
今でもその日のことは昨日のことのように覚えています。
私24歳で。辛かったなぁ・・・・・・。
10年以上経った今でも悲しくて仕方ないです。
でも、いつか天国で父に褒めてもらえるような
生き方をしようと思っています^^

まだまだ先ですけど d( `д´)b

お互い頑張りましょうね~!

Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
べにこさん、コメントありがとうございます。
愛嬌というか、自由奔放というか…自分が年を取ってからは冷静に対処できましたが、高校生の頃は一端の反抗期もあって(笑)それはもう「このーー」でした。
九官鳥の「きゅうちゃん」はそんな反抗期ってないから、可愛かったんでしょう。この仔は父のあとを私が引き継いだのです。覚えた言葉は父の声でしたから、結構可愛くない声でした(笑


入院当初の時に比べると、上向きになっていたので「退院も夢じゃない」なんて思っていたときだったので。
大きな手術のあとは双方気を付けた生活だったのですが、慣れというのは恐ろしいもの。
いい加減になってしまったことがとても悔やまれました。


べにこさんもお辛かったでしょうね。まだ若かったし。
ちょっとしたこと、好物を買う時とか、あ~これ好きだったなと思い出したりしますよね。
私、両親とも亡くしてるので、命日とか入院した日とかに思い出します。お盆・お彼岸は…ないな~

そうですよね、いつかはあちらの世界に行くので、その時に「何やって他の!」なんて言われないようにですよね。
お迎えに来ても「まだまだ」と断るつもりでいます(笑
悔いの無いように、一日を大事にしないとね、ですね。うん、がんばるよ~~

個別記事の管理2014-06-05 (Thu)
胆管癌術後6年余りの1999年、咳・タンが続くからと受診したら
 栄養不良からの非定型抗酸菌症ということで即入院になってしまった父

本人は「入院するとタバコが吸えない」というのが一番困ったことだと言ってましたが
 体調は「そんなこと言ってるんかい」くらい悪く
 「当面口からの捕食では足りないので、鎖骨下から直接栄養補給してもらいます」と

更に「栄養を取ることが第一なので、好きな物を持ち込んでも良い」とまで
 父に何が食べたいか聞くと「刺身・塩辛・漬物・・・」はい、いっぱい出てきます

一応K先生に確認すると「この際何でもいいです、食べたいものを」
 あの、これって「もう最期だから…」のように聞こえてしまうのですが

病院の食事は、やっぱり薄味なので、元々濃い味が好きな父はげんなり
その点、父の好物は塩味のはっきりしたものばかり
 昼食に間に合うように持っていくと、病院のおかず無視でパクパク…
  まぁ、食べられればいいのかな~~と。毎日お昼には届けました
本当は3食分くらいあると良いのだけど、朝は家族を送り出すのがやっと
 夕飯時は仕事をしていたので。病院食って6時とかでしょ、その頃が仕事タイムだったのです

父の体力では「感染症が命取りにもなる」ということで
 病室に入る時は、全身・靴・かばんまで消毒&手袋・マスクといういでたちに
   持ち込む食材にも消毒、しかも長時間・大人数の面会も

入院して10日くらいは、一進一退の状態で、日々の反応もまちまちでした
私はこの年、長男のクラス委員を受けていて(ジャンケンで押し付けられたともいう)
 参観日の講演で、お寺のご住職を呼んでの講和があったんだけど
 「親子」というテーマで、父がこんな状態だったから色々な思いが重なって
  もっと〇〇しておけばよかったなと、またまた反省してしまいました
親子で聞いたんだけど、担任の先生曰く「お母さんたちの方が良い反応だった」と
 他の人も多かれ少なかれ、親を思い返す機会になってたのですね

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、父は少しずつ良くなってくると
 はいはい、始まりましたよ。車いすで「なあ、タバコ吸えるとこ」と言います

11月に入り、体調も良くなってきたので入浴をしましょうと言ってもらえたのですが
 鎖骨下には栄養補給の処置がなされたまま、大丈夫なのかしら

私の心配は当たってしまい、2回目くらいの時に感染症になってしまいました
 高熱が続き、意識ももうろうとして…あれだけ入室にも気を付けているのだから
「入浴」という、細菌と隣り合わせの状態は、やっぱり危険ですよね
 食事もとれず、栄養補給の為とはいえ、また新たに管の差し替えをしたり
又父の血管がつかまりにくいんだそうで、何か所も刺されていました

父も「風呂には入らなくていい」と言っていたそうでして
 清拭だけではどうしていけなかったのかな~と思ってしまいました

折角上向きになっていたのに、またまたふりだし、否、ふりだし以下に
 感染症を防ぐために清潔にということがあだになってしまったのです

折しも「2000年問題」というのがあったのですが(ご存知でしょうか?)
 コンピューター上で、預貯金が0になってしまうとか~色々言われていましたよね
父も「俺の貯金が心配だ、全部おろしておいてくれ」なんて
 感染症のボーーっとしたような状態でも心配していまして
結局、巷の噂のようなことはないと分かっても「この際おろしておけ」と

なんか意外としっかりしているのね~と感心してしまいました
 兄とは「年賀状どうする…」という会話が出るほどなんですよ
つまり、それくらい父の状態は悪いということです

そうそう、もう一つ、感心したことがありました
 父は「賀茂神社」という神社の会計を預かっていたのですが
入院してから「会計をできそうにないから、お金を確かめて 総代に辞任すると言ってくれ」
 と言われて調べたんだけど、1円の狂いもなく、ぴったしに処理されていたんです
家でのあの「ズボラを人にしたような」父が…これにもびっくりでした

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個別記事の管理2014-06-02 (Mon)
大きな手術から5年、経過も良く何より自由気ままが大好きな父
 「あれはしない方が良い」とか「これは消化に悪い」という縛りが
「我慢も限界」だそうで「好きな時に好きな物食べたい」という始末

ずーーっと言い続けるし、実の父娘というものは我慢もできずに
 「じゃあ勝手にすれば」となってしまってしまうのでした

朝食は祖母と二人で、たまごとか納豆とみそ汁という感じで摂っていたそうですが
 昼食と夕食は、出先(仕事ではないのよ)の定食屋か病院の食堂で済ませていたらしく
  その後の2年間は何ともなく、普通に過ごせていました

病院へ行くことも、「一年に一度で良くなった」ということで検査も終了
 もう5年経ったからなのですよね、胆管癌は悪くなってから見つかることが多いので
5年を無事に過ごせたことは稀だったと思います

1999年の夏ころから家にいることが多くなるのですが
 私たちは「軍資金」がなくなったかな~~くらいに考えていました

従兄弟が夏休みで子連れで遊びに来たりしたときにも
 「おいちゃん(父のこと)が家にいるなんて珍しいね」なんて会話です
いかに父が出かけていることが多いかですよね 

夏も過ぎ、涼しくなり始めたころから、ごほごほとタンが絡むような咳をして
 「タンが多くてかなわん」とか「風邪ひいたかな~」というようになり
そのせいもあって「食欲がない」「下痢しちゃった」と…調子が悪いのです

それでも、自分の好きな物が食べたいという父は
 買い物に出かけ、出来合いのおかずで食事を摂っていました
丁度「青汁」がブームになってきたときで
 「野菜不足はこれで摂ってるから大丈夫だ」とも
以前のK病院に行けばと言っても「怠いから…寝てれば治る」という始末
 
出かけなくなったことや、タンが多い、咳が続く・・・と心配になったので
 一年検診ではないけどOE病院に無理やり連れて行くことにしました 

事前の電話予約で「症状から呼吸器科になります」ということで
 「喀痰検査」や肺レントゲンや肺活量などの検査をう受けたのですが
その最中も「何ともない、風邪に大げさだ、タバコが吸いたい」と言いたい放題
 言っているそばから、咳はするし、顔色だって悪いです

検査結果でまず初めに「アルブミン値」が低く、いわゆる「栄養状態が悪い」と言われ
 あ~~、後悔です。食事管理を辞めるんじゃなかった
それが原因で「非定型抗酸菌症」になっているということでした

当時は「非定型」と言われましたが、現在は「非結核性」というのだそうです
 要するに、健康な人なら何でもない細菌でも
身体の弱った人は抵抗力が落ちているので病気になってしまうということです
 
結核と同じような細菌からの感染症だけど「非」なので
 結核とは違って人から人へうつることはないので家族への心配はないと

そこで家族構成を聞かれ「同居家族は(当時)87才の祖母」といったら
 「高齢なので、その人だけは検査を受けてください」と
幸い、祖母は何ともなく。まぁ祖母は私たちとほとんど同じものを食べてましたから
 そうなると、やっぱり5年経ったからと食事管理を怠ったからですよね

父が即入院になったのは10月13日、奇しくも亡き母の誕生日でした

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