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個別記事の管理2014-05-30 (Fri)
術後に「せん妄」騒動を起こしたけど
 その後は順調に回復に向かうことができた父

体調が良くなると、もう、普段の父に戻ります
 食事が不味い・・・ハイ、お世辞にも美味しそうとはいえません

胆管だけでなく、胃も部分切除したので、まずは流動食です
 あの、どろどろとした、元は何ですかって聞きたくなるような代物

全粥からだんだんそれらしき食べ物になるのですが
 おかずがね~~ 食欲減退させるような物でしたね
一日3回では消化しきれないというか、全体量が取れないので、一日5回くらい

回復してきた父は 「梅が食べたい」だの「佃煮でも良い」とか「タバコが吸いたい」
 顔を見れば文句のてんこ盛り それだけ元気ならいいかと思ってあげました

そんな状態だったから・・・ではないですよ
 術後ある程度回復したので、自宅近くの・元のOE病院に転院することに
可愛い看護学生さんからは、また「退院後の生活」なるノートを貰って

OE病院は家から10分ほどの所だったので、通院するのに良かったです
こちらの病院では主にリハビリと食事指導があったのですが
 私も食事指導を受け、食事回数を増やした状態はそのままでした

父の好きにさせると、自分の好きな物・塩辛とかウメとかばかり食べそう
 なので、当分は私の作った、しょぼい食事で我慢してもらいましょう

3か月をめどに、消化の良くない物は食べないということで
 イカ・ごぼう・冷たい飲み物・灰汁の強いもの・・・う~~ん、禁止事項が多い
 
乳がんの場合、食事制限はないし、翌日から普通食だったことを思うと
 消化器官の手術は、術後も気を付けることが多いのですね

父は、OE病院に1か月くらい入院していたので
 私が食事を工面したのも2か月くらい
でも、ちょっと刻んだり、父だけ違うものになったりと
 結構「食事指導」の言いつけを守ったんだけど
当の本人が「みんなと同じものが良い」とゴネタのですょ
 まったく事の重大さを理解していないんだから

退院後は、まさに「悠々自適」な毎日の父
 「昨日はあっちの・・・今日はこっちの」とパチンコ三昧
薬をキチンと飲んでいるかとか、子供と同じようにチェック
3か月毎の通院も「行ったよね」とチェック

そんな感じで過ごしていても、人間慣れてきてしまうとついつい甘くなっちゃって
 5年目という節目も無事に過ぎたあたりから
家族にも気の緩みが出てきたりで、細かく見ていくこともなくなってしまったのです


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食事管理の名の元、食べ物が制限されるのって本人も家族もストレスですよね
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個別記事の管理2014-05-28 (Wed)
齢62才、今までバイクで転倒とか崖から落ちてという
 凄いエピソードを持ちながらも、病気での入院は未経験
そんな父がいきなり6・7時間に及ぶ手術ということになって
 本人「受けたくない」ばかり言ってました

でも、「胆管癌」は見つかった時には手術不能なほど進行してる場合が多く
 「手術で取れるだけでも良かったんですよ」と先生に言われ
渋々手術を承諾  誰でも手術は怖いですよね~~
 私だって「もし麻酔が覚めなかったら」とかって思いましたもの

実は、手術日が「ここらへん」と予定を言われていたときは
 従兄弟の結婚式があり、祖母・兄一家・私たち一家(もちろん父も)
   全員が呼ばれていたのです
S大病院では手術室・先生の都合はもちろん、キャンセルなどで
 手術日が決まるのは急になることが多いと言われていまして
父の時も、決まる2日前に言われたのでした
 ばっちり結婚式の直近・3日前という間の悪さ
従兄弟たちにはぜひとも出席してほしいと言われても、術後は??なこともあるわけで・・・
 結局祖母と私たち一家が出席することになりました
  書くと一行だけど、結構なすったもんだの末ですよ


手術自体は時間は7時間、「全て取りきれました」という、順調な結果
 付添は、当日から翌日は兄と私で、その次の日は「おばちゃん」にお願いして

父は麻酔も効いているのか、翌日くらいまではほとんど眠っていました
 時々「うーーん」と唸るくらいで、経過も順調だし
当初の予定通り、祖母と私たちは結婚式へ、兄は帰省してくる義姉・姪を迎えに
 留守の間を「おばちゃん」にお願いして病院を離れました

術後3日目、今までは眠っていることの多かった父も次第に起きている時間が増え
 そうなると、ベッドに寝ながら「あそこの〇〇を取ってくれ」とか「黒い鞄が~~」と
   色々言い出したそうなんです
ちょっと聞くと普通の会話ですよね、でも、そこに〇〇はなく、鞄もない・・・
 古い病室で、術後にHCUに入るという機構でもなかったので
  一般病棟(しかも男女混合)に戻ってきたのだけど

病院に戻った兄に、付添さんとして何回も術後の人に接してきた「おばちゃん」が
 「何かおかしいです、看護師さんに言った方が良いと思います」
そういってくれた直後から、点滴の管を外そうとしたり
 まだ絶対安静なのに、ベッドに立とうとしたりし始めて

「ちょっとおかしいのでお願いします」とお願いして様子を見に医学生が来てくれて
  宥めようとしたらそれが却っていけなかったそうで
 術後の体で、どこにこんな力があるのかというほどの力で
   暴れてしまったのだそうです

いわゆる「せん妄」という症状で、大量の麻酔薬により判断力がなくなり
  自分の置かれている状況も分からず
ひたすら元の生活に戻りたいという一念での行動だったようです

術前から顔を出してくれていた「おばちゃん」が
 「手術頑張りましたね~痛いですよね~」と声をかけてくれたり
看護学生さんが「痛いのどこですか?」なんて言ってくれたあたりから
 少しずつ落ち着き始めたそうです

付添についてくれたHさん、術後だけではだめなので
 術前にも顔を出します、その方がご本人が安心だと思いますからって
   全くその通りなんですね

点滴も外すとまで行かなかったので、その後の治療もスムーズにできました
 やっぱりプロは見るところが違うのですね
家族なら「またと分からないこと言って」と済ませてしまうとこでした

っていうか、Hさんも看護学生さんもキレイ系なんですよね
 好みだったのかだから大人しくなったのかまったく

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義父の「せん妄」の時は「強制一時帰宅」だったのよね~男性の方が「せん妄」になるって!
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* by べにこ
全身麻酔って怖いですよね~e-447
実は私、手術の前に”万が一目が覚めなかったら”って手紙をコッソリ書いて
病室の引き出しにそっと入れておきました(笑)
誰の目にも触れぬまま、用無しになってよかったですe-450

それと、私もB型だったりしますよ~e-319
たけべーもB型。B型家族バンザイですねe-266


Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
べにこさん、コメントありがとうございます。
分かります、私も覚めなかったらとか~って思って入院する前にかなり整理しました
クリーニングとかゴミの分別とかも書いて(笑
腹部の手術って痛みが強いそうなので、麻酔薬の量も多いんでしょうね。父は普段から冗談とも本気ともつかないことを言ってたので、家族の信頼度低かったの「また~」って言っちゃってたんですよね…
書き残し、本当に日の目を見なくて良かったですよね。もし活躍していたらたけベーさん、号泣しちゃいますよ
何か、血液型の話になるとB型って「変人」とか「協調性なし」とか(-)の部分が取り上げられるのよね~
全員Bとかいうと「え~~大変そう」って。そんなことないのにね~。
うふふ、更なる親近感を抱いてしまいました~~これって血液型に縛られちゃってますか(笑

個別記事の管理2014-05-26 (Mon)
父の手術は、今から20年余り前のことなので
 断片的にしか覚えていないのです

男女混合病室に驚いたり、あまりの汚さ(失礼)狭さにびっくりしたり・・・
 でも、S大附属でしかできないということなので
何より当人が「なぁ、受けなきゃダメか?」と往生際悪い

いよいよ手術等の説明を聞きに
 手術時間は、おおむね6~7時間
 胆管とその周りを切除・・・確か、胃・膵臓も検査してということでした

輸血の必要性を言われたのですが、父の血液型B型
 貯蔵分はありますが、それでも万一の時にはご家族のと言われて
B型はいっぱいいますの、私たち夫婦もB型なので万一の場合は大丈夫ということでした

私の家族、父母ともにB型・義父母も私たち4人も更に義弟夫婦もB型
 う~~ん、こんなにいっぱいいると大変とかって思うでしょ
兄はO型なので、きっと父と母はBOのB型なんでしょうね

嫌がる父を何とかなだめて、術前検査を受けます
 「血管造影検査」というのが中でも一番危険な検査
同室の方は、この検査途中で急変して亡くなられていました・・・
  検査・手術ってやってくれる人の腕にもよりますから

そして当日、同室の人や看護師さんに「頑張ってくださいね」なんて声かけられて
 「はい」と殊勝に返事はしたものの家族の前では「何を頑張ればいいだ」とのたまう父
みんなで「こんなことが言えればいいか」と思うことにしました

大学病院ということなので、医学生・看護学生が実習についてくれます
 医学生は二人、看護学生は一人
手術中、医学生の二人からは、途中経過が報告してもらえて
 「万事順調にいっています」と聞くとほっとできました

でもね、このお二人「静脈から?動脈から?」なんて言ってるのを聞くと不安
 今では20年のベテラン先生になっていますよね、きっと!

そして、看護学生さんは、可愛らしい人で、もう父はデレデレですわ~~
 入院中はもちろん、退院後の食生活などについて、手書きのノートを
それはもう嬉しそうに何回も見ていましたっけ、読んで実践が大事なのにね

今では「完全看護」というのが主流ですが、この時のS大病院は
 「付き添いの人はご家族なら付いてください」という何とも曖昧さ
母の病院は「完全看護なので付添は必要ない」と言われていたのですが
 付添がいた方が良いのかと聞くと「いていただいた方が」と
でも、家族となると、私か義姉。二人ともまだ子供が小さいし
 父の手術後の週末は従兄弟の結婚式があるので、困っていたら
 病棟主任さんが「付き添いを専門としている方をご紹介しましょうか」って

それって、矛盾していませんか? 完全看護は無理だから付添を付けてもらう
 但し、家族に限る それができない場合は 斡旋すると
う~~ん、なんか違うような気がする
 それだけ大がかりな病人が多いということでしょうけど

まあ、そうはいっても現実にはお願いするしかないのですが
 「家政婦紹介所」で紹介してもらったかたは
品良い、母世代の方で、S大病院でも何人もお世話しているとのこと
 もう病院の人とも顔なじみなんだけど~~
一応院内では「父の姉妹」で「おばちゃん」とお呼びすることに

ただ、父が納得できないんですよね~
 私が「おばちゃん」と呼んでいると「こらっ失礼なこと言うな」って
 そうよね、ちょっと失礼ですよね、でも病院の定義からするとそう呼ぶしかないのです

さすが付き添いのベテランということでとても気の利く方で
 家族には分からなかった症状にも気づいてもらうことができたのです
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自分の手術は2,3時間。父のはその倍の、大きな手術。麻酔薬も倍?
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* by moko☆
お父さまかなり大きな手術だったんですね…。
20年前とは言え完全看護…
普通は付き添いなんて頼みませんよね(^^;;
具合が悪い…不穏で看護師では対応しきれ無い…家族からの希望…などの理由で付き添いされる場合もありますが
しかも、家政婦さんのような方を雇えるんですね〜!驚きです!

でも、常に身の回りのお世話をしてくれる人がいるというのは
(まぁ入院中は本来看護師とか看護助手なんですが…)
家族としてはちょっと安心ですかね(^^;;

Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
moko☆さん、コメントありがとうございます。
20年前なので、今とはずいぶん違うことが多いと思います。
完全看護の理由は特に言われなかったのですが、家族の前では不穏で…に十分当てはまる父ですが(笑)病院内では良い患者になっていたみたいです。
家族間での話でなく、病棟の看護師さんからの提案だったので、「完全看護」とは名ばかりなのね~って。
家の場合、私が日中は主に行けたのですが、夜間はどうしても無理だったのでお願いすることに。
結婚式がらみとかで、術前から顔出してもらっていたのですが、術後に「せん妄」になってしまい、家族では「またふざけて」くらいの時から「経験から、ちょっと様子がおかしいと思うのです」と言ってもらえて、大事に至らずということになりました。
付きたくても諸々の事情でできない場合もあるし、今の時代は一人っ子の場合などで、双方の親を見るなんてことも多いし。
入院して痛感するのですが、看護師さんたちってとっても忙しいですよね。忙しいとちょっと遠慮しちゃったり、家族も付添さんみたいな人がいると心強い面もあります。

開くかでも20年以上前の話なので、今はきっと違っていると思います。幸い、この病院には通院もしていないので分かりませんが、今は綺麗に建て替えられて、お見舞いに行ったときも男女別部屋になっていましたから。っていうか、混合ってありえませんよね~~

moko☆さん、コメントいただいた時間に起きてるのですか!?早起きなの、それとも夜更かしなの??
復職ももうすぐですね、お体気を付けてね。


個別記事の管理2014-05-24 (Sat)
社員時代から、検診などでお世話になっていたK医院のK先生に
 OE病院へ行って詳しい検査をと言われているにも関わらず
大したことはないと思っていたのか、それとも、重病を告げられるのが怖かったのか 
 どちらにしても、先生の方から連絡を貰うとは・・・
   さすがというかやっぱり父には付添が必要です

ということで、紹介状をもらったOE病院へ
 父一人ではまた心配なので、私もついて行くのですが
道々、「一人で良いって」と往生際も悪かったです

OE病院のKB先生にと、K先生からの紹介があり
 「消化器外科」での治療になるのですが、父は「外科ってなんだよ~」って
K医院での検査であらかじめ予想がついていたので
 他の検査もスムーズに受け、その日のうちに「悪性の可能性大」
手術は必須、しかも、OE病院では設備等の問題があるので
 S大附属病院に行ってくださいということになるのでした

OE病院でははっきりとは告げられなかったけど、病名は「胆管がん」
 場所的には上部の方だったので、胃・食道にも近く
  合わせて切除(一部)する必要があるので
設備の整った病院へということだったのだけど
 担当のKB先生がS大から派遣されていたということも大きな理由でしょうね

当時、実家からS大附属病院へは、私の運転では無理
 だ~~って、峠越えがあるし~~、軽自動車では~~ちと不安
主人に運転手をして貰いながら、大人3人で行くのですが
 またまた父が「えらいことになっちまった」とビビります

病院は変わったけど、担当はKB先生。「初めまして」はすんでいるので安心です
 改めて、画像の説明を受けるのだけど、何せ20年も前のことで・・・
ただ、「このようにゴツゴツとした感じに見えるのは悪性です」という言葉は
  今でもはっきりと覚えています
胆管の中が、ゴツゴツと不整に何かが詰まっているように見えました

「胆管癌」は見つけにくい病気でもあって、気づいたときは進行していることが多く
 父のように上部の方にできて、比較的早くても胆管が詰まって黄疸になって気づくのだと
  
入院・手術、その後の治療と、話はズンズン進み
 自分が患者になった時、あまりにもポンポンと進んで余計に不安だったけど
  きっと父もそんな気持ちだったんでしょうね
なんか、車の中でも下向いちゃって・・・今ならその時の気持ちよく分かるわ

いよいよ、入院です。この時は遠方から兄も駆けつけたので
 父「あ~、これで最後かな~」 おいおい、縁起でもないことを

そして、病室に通されて(*_*)
 現在のS大附属病院は建て替えられているのでこんなことはありませんが
な・なんと8人部屋に通されたら、男女混合ですよ

父は何も言わなかったけど、兄・主人・私はびっくりですわ
 隣の部屋も男女混合、これって分けようと思えば、あっちを男性、こっちを女性にできるよね
具合が悪いからそんなことは(どんなこと)考えないかもしれないけど
  一応男女は分けるでしょう~~
隣のベッドとの空間も狭いし、古めかしいし・・・大丈夫かしらと思うのでした

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必要に迫られて私の行動範囲もぐぐーーっと広がりました
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個別記事の管理2014-05-22 (Thu)
会社を定年退職し、自由気ままさに輪が掛かった父
アルバイト先は文字通り「趣味と実益を兼ねた」パチンコ店

今から20年以上も前だけど、社員旅行に韓国に行ったり
 まあ楽しみながら働いていました
もちろん、休みの時は勤め先以外のお店に
 その時は母は亡くなっていたので、うるさいのは祖母のみ
祖母も母亡き後、娘を失ったことでちょっと勢いに掛けていたので
 父は今まで以上に時間を自由に、自分の為に使っていました

そんなある日、父が家に来て
 「なぁ、ちょっと俺の顔色おかしいか?」と聞くのです
久しぶりにまじまじと見た父の顔色は、なんとなく黄色っぽいような

父の顔色は、健康な時も良い方でなく、唇は紫に見えるような時もありました
「お腹めくってみて」といってめくらせると、確かに黄色いのです

「これはお医者さんに診てもらった方が良いよ」ということになって
 退職した会社が健康診断でお世話になっていたK医院に行きました

父の性格からいうと、すぐに行きそうもないので
 「一緒に行こう」といったら「ばか野郎!子供じゃあるまいし」って
 否、はっきり言って子供の方が扱いやすいです、言うこと聞かせる自信があります
それでも、一人でいけるというので。この言葉を信じました

K医院には2日ほどしてから行ったみたいで、行ってきたという報告はあったのです
 「結果はなんだって」と聞いても「うん、ちょっとな忙しくて、また行くことになる」
何が忙しいって、アルバイトではなく、遊ぶことにね

その5日後くらいにK先生から実家に電話がありました
 その日も父は「あそこは良く出る」とかいって電車でお出かけ
丁度運よく私が取ったのですが 「その後検査結果はいかがでしたか?」って
  
「顔色から黄疸が心配でしたので、大きな病院に紹介状を書いたのです」と

確かに黄色かったし、「黄疸」といえば肝臓系の病気ですよね
 電話では失礼だし、よく話を聞きたいと思ってK医院へ出向くと
「ご本人も黄色いことは自覚しているし、血液検査からも・・・
  なので、OE病院への紹介状をお渡ししました」と

何も聞いていなかったので、もう(*_*)するやら
 さも大したことはないようなことを言っている父に腹が立つやら

「今日も出た」とルンルン気分で帰ってきた父を
  私と祖母でとっちめたのは言うまでもありません

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私も趣味優先の時はあります、が、事によりけりですよね
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個別記事の管理2014-05-20 (Tue)
「家族」の所にも書きましたが、父は母と結婚するときに婿養子に入りました
母との出会いは、当時としては珍しい「職場結婚」
 母曰く父は「かっこよかった」そうです。 まぁ、確かに背は高く・顔もそこそこでした

母の母(祖母)も婿養子ですので、女系家族ってことですよね
 祖父は、厳格な性格で、仕事一筋だった(あくまでも祖母・母談)

それに対して父は、たばこはヘビースモーカー
 勤め帰りにパチンコにより、休みの日は麻雀……

ね、厳格と言われている祖父とは大違い
 なので、祖母+母にはことあるごとに比較されていました
祖父が亡くなった時は父は30代前半
 祖母・母という最強タッグに突っ込まれることは予想が付きます
婿養子ってやっぱり肩身が狭くってイメージですでしょ
 実際二人にいろいろ言われていることも多かったな~~

そんな中で育ったので、特に父が嫌いということはなかったけど
  ある意味醒めた父子関係でした

父はちょっと自分本位というか、自分の思うが儘の人で
 家族で旅行に行っても、一人だけ自由行動、母・兄・私は団体行動なんてことも
   でも、自分が大人になって思うことは
母と祖母がべったりしてるから、父としてはそれ以上中に入れなかったのかな~

二人とも父にすごく怒られたということもなく、怒るのは母か祖母(笑
 父は一応養育者としての務めはしたけど、親としては??でした

そうそう、お箸の持ち方とかのしつけをされるでしょ
 兄・私、そして何故か父も祖母にしつけられてたんですよ(笑
そんな感じだから、しつけられたって記憶もありません

でも、兄は違った感じを受けていたみたいで
 「お前には優しかった」とか「可愛がってもらっていた」などと言います
末っ子だったし、父親にとっては息子より娘の方が可愛いかったんではって


私は結婚した当時、教員として勤めていたので
 実家のすぐそばに家を借り、できれば母の手助けを借りたい
   なんという甘いことを考えていたわけで
でも、母が病気に(再発)したことで、思惑は違う方向になったのです

母亡き後も、そのまま実家の傍にいたので、祖母と父の生活を見ることに
 
母の入院中から、祖母は昼・夕食は家で済ませ、父もと思ったのですが
 「これはまずい」とか「これは嫌い」と、言い張るので
こちらとしても小さい子がいるし、「もう自分で遣れば!」ってなっちゃって

父は退職後は、パート勤め、それもだーーい好きなパチンコ店で
 それからは一層自由気ままに、「好きな物だけ食べて」ってなっちゃうのです

健康管理という面では、どんなに自分勝手なことをやっても
 きちんと見てあげれば良かったな~と反省することになるのです

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新し物好きの父、そのお蔭で私はピアノと出会うことができました・感謝
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個別記事の管理2014-05-18 (Sun)
トリプルネガティブな私、抗がん剤治療を終えると
 できることがありましぇーーん

2012年の年末で、一通りの治療の経過が終わったので
 これからしばらく家族・父のことを書いてみたいと思います

三大疾病、って保険のCMで謳っていますが
 がん・心臓病・・・あと高血圧とかでしたっけ
病気になるときに「ご家族で…」なんてことも聞かれますが
 私の場合、はい、当てはまる項目がたくさんで

父方の方は、私が生まれたときに祖父母はもう亡くなっていて
 父の兄・伯父に当たる人とはほとんど交流がないので分かりません
 
母方というか、母は父を婿養子に、祖母も祖父を婿養子に向かえたので
 実際に同居していたし、直系の親族という意味が濃いです
 
まず、曾祖父母の代
 曾祖父は私が生まれる前年に、「脳溢血」で亡くなっています
  まぁ、2代続けての婿養子だったので、兄が生まれたときは「万歳!」をしたという人
   亡くなったのは70代だというので、当時としては、まあ長寿のグループ
 曾祖母は私が中学生の時に「肝臓がん」で84才で亡くなっています、やはり長寿かな
  当時は家庭で看取るのが当たり前の時代だったので
    1年近く寝たきりの状態で、祖母と母が看ていました
  
次に、祖父母の代
 祖父がまた、「心臓病」が起因の「脳溢血」で55才の時に亡くなっています
  出張の多い仕事で、お土産が楽しみな孫でした
   亡くなる時も出張先で倒れて、良くなったから帰宅してきたら
    また倒れてという経過だったと思います
 祖母は・・・まだ健在なんですょ101才になりましたが
  若い時に当時の死の病「結核」に罹っているのですが
    何とか生き延びたら、長生きになりました
  現在は、昨年転倒してから自力歩行でなく車いす生活で
    ちょっとボケボケしていますが体調は良さそうです

そして、父母の代
 母については、同病であったために既にお読みいただきました
  55才というのは、今の私より若いわけでして、やはり早かったですよね
 父は70才の時に亡くなりました
  63才の時に「胆管がん」が分かり手術・抗癌剤治療を受けています

ですが、直接死に至ったのは別の原因なのです
  このことにつて今後記していきたいと思います

兄が一人いますが、この兄も不整脈があったり…ということで
  常に携帯を身につける様に言われているのですが
 時々「不携帯」になっています、自覚してるのかしら

まとめてみると、
 8人中「がん患者」・4人 「心臓病」・2人 「血管系」・1人 「当てはまらず」・1人
 50代で亡くなっている人・2人

う~~ん、欲目にみても、良い血筋とは言えませんね
 しかも「癌率」高いし、一人で2回もなってる奴もいるし
「血統」とか言われちゃったら、真っ先にはじかれる家系ですな

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私、「55才」ということにこだわりを持っていました、もう通り過ぎたけど~~
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個別記事の管理2014-05-16 (Fri)
年の瀬も押し迫った・・・って、2012年のことですから
ドセタキセル4クール目投与後18日目、浮腫みが強く正座ができません
 こんな時に、お葬式とか改まったことがあると困りますが
幸いなかったので、自分の体が「オモーーイ」くらいで、なんとか過ごせます

時は年末、大掃除をする気で入るけど
 指先を厳重に保護しないといけないので~~と手を抜きます
帰省してくる子供たちが頑張ってくれないとね
 
子供って、大掃除の働き手としてビシビシ使ったのは中学生くらいまで
 高校生になると「ああだこうだ」と理由付けて逃げるし
大学生以上になると「使われる」とわかって「大晦日まで帰れない」と
 大晦日に来たものをビシビシ使うほど「鬼母」ではないのょ

でも、さすがにこの年は「おかんの一大事」と思ったのか、早めに帰省

28日には、娘が帰ってきたので、料理とか細々したことを任せる
 良かったゎ、 ただし、何分朝起きてくるのが遅い朝ごはんには間に合いません
じいちゃん・ばあちゃんのお茶の時間にのこのこ「おはよ~良く寝た~」って
 良いですよ、午後に頑張ってもらいますから

そんな中、自分の体調は
 ・口中&口周りが塩味・・・これは強くなったり、良くなったり。大晦日にはOK
 ・指先・・・窓ふきを終えた27日が最悪後は、家事が減ったのでOK
 ・浮腫み・・・合唱公演のあたり悪かったのが、一時的に改善
          でも、日を追うごとに浮腫みが強くなってしまう
          足首が「象さん」のように、ズドーーンとなりました
       もう、階段の上り下りも自分の足でないようで怖いです
        手すりをしっかりつかんで、一足一足慎重に・・・
 ・痺れ…浮腫んだためか、指先がジンジン・シュワシュワと感じます
 ・体重…妊娠時を除いて人生MAX手術時に比較で5キロ~6キロ
   朝起きたときと夕方では1キロ違いますから~~浮腫みですよね
    妊娠中も浮腫んで、水分制限とか言われ、夏に氷を舐めて水分補給と言われたけど
     その時よりも浮腫んでの体重増加ですもの


普段の年は「お節」もなるべく作るようにしていたけど
 さすがにこの年は「それどころでない」ので、スーパーの品々が並びます
   偶にはこんなこともあっていいですよね

2012年は、3月に義父と私の癌発覚・4月の入院手術に始まって
 私の抗がん剤治療という、なんとも濃い一年
良かったことは6月に長男の結婚が本決まりになったこと
 まさに、いろいろてんこ盛りな・怒涛の一年でした

次は、抗がん剤の副作用が抜けるのを楽しみにする日々…かな

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今日は風が強いです、こんな日はヘアピースでなく帽子でお出かけです
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個別記事の管理2014-05-14 (Wed)
2012年12月 ドセの副作用真っ只中 でも 好きなことには頑張れる
そんな年末、年末と言えば・・・大掃除! なんて大きな声で言えない主婦です

楽しいことをできた後に「具合悪い~~」なんて言ってもダメかしらと
 ガラス拭き・レンジ回り…これくらいはやろうかなと思い立ち
合唱公演の翌日、12月25日・クリスマス
 教徒でないので、安息日とかまったーーく関係ありません
一度にやると疲れるから、大晦日まで一週間、この間に何とかしようと思うのです

でも、前日までの疲れか、声を出したり人ごみの中に居たからか
 朝起きたときに喉が痛い ノドヌール出動
今までも、起床時に喉が痛いということはあったので大丈夫よね と思うのですが
 はい、大丈夫でした でも、指先はフワフワとして頼りない感じ

朝食もしっかり食べ、普通の掃除も済ませ、 まずは汚れの気になるリビングから
 
やったのは良いけれど、途中から指先はフワフワから痛みへ
 やっとの思いで終わらせたら…速攻義父の指痕がシューーー
ほら~~、「手掛け」を使わないから~せめて一日キレイのままでいてほしかった

指先の痛みは、時間が経っても治らなくて
 夜、Yシャツにアイロンをかけ、ボタンをはめようとしたら…できません
アイロンは掛けてあげて、ボタンは主人にはめさせました
 だって、普段と違うということも教えておかないと
  何でもできると思ってしまうのも、ダメでしょ

翌・26日は、キッチン周りをキレイにしよう
 普段からチョコチョコとやっていればいいのです、はい、そんなことする性格でないので
  油汚れを落とす洗剤を使いまくって~~あ~手が荒れますね~
右手の中指に、段ができてしまい、これを放っておくと爪から肉が離れます
 なので、クリーム塗って→水絆創膏→絆創膏 というお手入れフルコース
指先は、深爪したときと同じ感じで、爪の柔らかさもあって、物を掴みにくいのです

大掃除も3日目、27日
 口の中の塩味はちょっと改善でも、いつものように左側は要注意
指先は相変わらずだし、口内炎予防はしなくっちゃだし・・・疲れてるのかな
 あまり無理はしないようにして、 なんといっても年末年始お医者さんは休みですから

でも、この日のうちに2階すべての窓ふきもしたのですょ、がんばりました
 残りは帰省してくる子供たちにやって貰うという計画です

合唱公演の時にMAXだった浮腫みは、さすがに完全には良くならないけど
 少しずつ良くなっているかな~ くらいですが
座るときには、膝の裏側が張っている感じで、座りにくく正座は無理
 横くじけ(方言ですよね)女の子座り(これも違うか?)しかできなくなってました

2度目の乳がん、しかも抗がん剤治療付きという怒涛の年も残すことあと4日
 ドセの副作用も投与後20日になるから、これ以上悪くなることはないよね

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本日無事義父の通院行ってきました、義父は病院の待合室で 
  私はテレビのリモコン握りしめ、しっかりお昼寝やっぱり疲れますゎ
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個別記事の管理2014-05-12 (Mon)
先週の金曜日は3か月に一度の診察日
 半年ぶりの血液検査と視触診、体調も落ち着いているので
順調にというか、いつもと同じような感じの診察でした

通院中の病院は、火・金に乳腺・甲状腺の先生が二人
 他もう一人、呼吸器科の先生が外来診療しています

入口は3つのドアに分かれているのだけど
 中は大きく一つなって、看護師さんたちが行き来しています

中待合では女性がほとんど。多分みんな同病の人よね~って思っちゃいます
大概一人だけど、偶に家族連れの人も
 私はほとんど一人で、初めの告知の時に「お一人ですか」と言われたっけ

金曜日、70代と思う患者と40代の女性
 「今日は言ってみる」なんて、患者さん耳が遠いのか、かなり大声です

先にそちらの方がKY先生の診察室に呼ばれ…少しして私もS先生の所へ
 それからは前回の記事のような顛末

自分が終わり、服を整えていると
 「もう5年になるから、診察も終わりですか」と先ほどの70代
 「〇〇がんになった知人が5年で通院も終わりになったというので」と40代
KY先生
 「乳がんは、残念ながら5年経ったから大丈夫っていえないんですよ」
 それを40代が70代に伝えているらしく
70代
 「じゃ、まだ来なくちゃいけないの?」
KY先生
 「そうですね、お薬はここで一区切りにしても良いですが、通院は続きます
   それに丸5年は11月ですから、まだまだですよ。」

あ~~、もうほとんど聞こえちゃえってますよ
 S先生なんか手が止まってますもの
患者さん耳が遠いから、みんなの声が自然に大きくなるのね

私でさえ、ホルモン治療を5年で終わらせるってことね~とか想像しちゃいました

看護師さんの動線を考えると、こういう作りが合理的なのでしょうが
 それぞれが個室になっている方が良いのでは?病院によるのかな?

結構診察室の会話って漏れてるんですね、気を付けないと
 S先生、おちゃめなこと(ちょっと小ボケ)してるのも聞こえてるんですよ~~


KY先生の「5年経ったから大丈夫と言えない」と言う言葉がズッシリ
 確かに、私右は5年経ったときは何ともなかったな~
あの時に、診察の間隔が半年とか更にに1年になっていたら
 左の発覚ももっと遅かっただろうし
私は、検査とかは不安になるけど、通院することで安心も貰えると思っています
 なので、「もう来なくていいですよ」Dr.に言われるまで行くつもり



さて、明後日13日(水)は義父の通院日
 この方、手術直後から既に治った気でいるので通院を渋る渋る
家族だけでなく、担当の先生にも「もう来なくていいね」とのたまう
 挙句の果てには「あの戦争で…」となるので先生も困ります

余りにも言うものだから「診療拒否…」なんて話にもなって
 私が「診察に来ないという意思表示をした方が良いですか、文書に出すとか…」って聞いたら
「特に文書とかは必要ないです、ご本人が言われてるの知ってますから」はい、すみません
「でも、万一の時に、他のご家族から何故治療しなかったって言われるときがありますよね」
看護師さんも「つい最近も、揉めて問題になったケースも」
 先生が「遠くに居て普段を知らない人に限っていろいろ言う人がいますから」って
   そういう時にちょっと本人の書いたものがあると良いんだそうな

あ~~、そうよね、家にも若干起こりそうな気がする

義父も耳が遠いから、こんな会話も外の人には聞こえているのかしら 

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向こうのが聞こえるということはこっちのも絶対聞こえるよね、気をつけましょう!
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個別記事の管理2014-05-10 (Sat)
昨日は、3か月に一度の定期検診の日
 予約時間9:30 に間に合うように 前の晩に洗濯&風呂掃除
金曜日は、義父の「訪問看護」の日なので
 前の晩にやっておいた方が、朝バタバタしなくて良いように
お風呂掃除は、浴槽が温まっている方が汚れが落ちるっていうけど
 いつもは、「育毛コース」をじっくりやるんです、必死です

予約時間に間に合うようにいくには、家を8時過ぎには出ないと
 いつものんびりやってる食後の片づけもパパッと済ませて
義父母の午前のお茶&看護師さんとのお茶の用意をして…ふ~~

お昼ごはんは「セブンイレブン」の「セブンミール」のお世話に
 このシステムがあって良かった~~


術後2年検診として、PET/CTを2月に受けてるので、今回は視触診+血液検査
 去年の検査では、エコーで左に「放射線治療後による腫瘤」が見つかったり
血液検査ではCEAが基準値超えを続けたり…ってなってたのです

CEAは、3月・6月・9月と5以上~6くらいを行ったり来たり
 12月の検査では基準値内に収まったんだけど
「数値に一喜一憂しない」とか「あてにならないことも多い」とか言われても
 やはり心配になってしまうんですよね

なので、6月には「人間ドッグ」も受けちゃった小心者です
 その結果は「異常無し」っていうか、異常あったら困ります


視触診は、以前は上半身全て脱いで診てもらってたけど
 今は、ほら「頭髪に問題あり」なのでか「めくるだけでいいよ~」と

いざ診察となったら先生が「あれっ」って言って、カルテ見ているっぽいんです

もうね、「あれ」とか「うん?」っていう言葉、「ドキドキ」ってなるんですけど~~

更に「ウ~~ン」って言ったと思ったらまじまじと見るし
 もう心配は最高潮 自分では気づかなかったけど何か変化があるのかしら

私 「何か変でしょうか?右ですか?左ですか??」
先生「いや~、綺麗だったもんで…左右差がないじゃない
    縫った後は分からないし 上手だね~  誰がやった?」

ちょっと待ってくださいよ 診察中は冗談抜きでお願いします
 「自画自賛」にも程度ってものがあります

それとも、自分がやったことを忘れた?? それも心配ですよ

確かに、右の縫合痕は7年の月日が経っているのでパッと見は分からなくなってるし
 左はふくらみの下の方なので変形は少なく済んでいます
  腕は良いのでしょうが、時々良くわからなくなります


PET検査で「軽度の集積認める」となっていたことも
 「乳腺症の場合そうなることがある」とさらーーっと言われておしまい
「集積」ってよくないことなのに、大丈夫かな~~

恥ずかしながら、というか歳がしっかりばれますが
 既に7年前に「自然閉経」してるのに、乳腺症の症状が出るのね
以前他の先生にも「60代でも乳腺症の症状は出る人がいる」と
 言われたことがあるけど(因みに、まだ60代ではないですよ
   そっちのグループに入るのかしら

本当に時々、2か月に1回くらいだけど
  痛みがあると言いうことは心配の種になります

後は血液検査の結果が少しでも良い結果だと安心の種が増えるんだけどな


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片道1時間の通院、良い天気で帰りはドライブ気分でルンルン♪
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* by べにこ
わかります!そういうちょっとした一言ってホントドキドキしますよね~。
でもおちゃめな主治医さんですね。ちょっと羨ましい♪

リンクの件ありがとうございましたヾ(*´∀`*)ノ
これからもよろしくお願いします♪

Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
べにこさん、コメントありがとうございます。

おちゃめというか、どこまでが本気なのか時々分からないこともあるんですよ。
こちらは真剣なのに…って思う時もしばしば。
体調が安定しているからよねと思うようにしています(あくまでも上から目線!?)
今年度は退職したはずだったのに、諸事情で「外来をやる羽目になった」と言っています(笑
それに対して「先生お仕事辞めたらぼけちゃいますよ~」と言ってしまう患者&看護師。どっちもどっちでしょうか。

入院中、ベッドを間違えて回診しようとするし、もう次の部屋に行ったと思ってお隣の人とおしゃべりはじめたら、ちゃっかり雑誌を見ていた…なんてこともありましたから。


こちらこそ、リンクありがとうございます!私も早速貼らせていただきました。
今後ともよろしくお願いしま~~す

私もトリプルネガティブ * by あっぽ
yahooブログからきました。
コメントありがとうございます。
同じ県の方からコメントいただくのは初めてで嬉しく思いました。
私もトリネガです。
これからもよろしくお願いします。

Re: 私もトリプルネガティブ * by FC2tomorinn
あっぽさん、こんにちわ。コメントありがとうございます。
そうでしたね、あっぽさんもトリネガ。でも、治療方法はかなり違いますね。
トリネガって少ないように思っていたけど、ブログの中では多いですよね。
そして、私もそうですが、どこに住んでるとか、どこの病院って仮名にすることも多いので、意外と近い所って分かると嬉しくなっちゃいます。
あっぽさんは、写真で「お!」っと思って、初めから分かっていたのですが、なかなかコメント残せずにいました。
現在は車で2,3分走れば、北アルプスも八ヶ岳も見えるところにいます。一応住所は「市」ですが田舎ですよ~(笑
今は山菜が美味しい季節ですね、山にも出かけられましたか?
ブログ、これからもお邪魔しますね。

管理人のみ閲覧できます * by -

個別記事の管理2014-05-08 (Thu)
2012年12月下旬・ドセ投与後の副作用に襲われながらも
 逞しくぜったーーいステージに立ってやるぞという意気込みで
連日の練習も「ふぅふぅ」言いながらも参加

24日(月)なんとか公演日を迎え、ステージにとどまること2時間弱
 座っているだけでも足の裏ジンジンだけど
  立ち上がり「老婆」のようだけど「よっこらせ~」
 控室からステージに行くだけで「ふぅふぅ」で 
  階段の手すりは「掴んで当然」だけど   
    みんなに合わせると「マッテーー」って感じだけど
 履きなれないロングスカートを自分で踏みつけること数回だけど
  ラシックスの影響か、口がカラカラで唇が歯につくけど
    

他にもいろいろ「いつもより不具合の多い私」だったけど
 何とか初志貫徹 体はヘロヘロでも心は充実
最後まで諦めずにできて良かったと思えるのでした


公演日の昼休憩の時に缶コーヒーの差し入れがあったのですが
 な・ん・と プルトップを引くことができなかったのです
普段缶の物を飲むなんてことなかったので気づかなかったけど
 指先がしびれていないと思っても、力が入らないのですね
あの細かいところに、指を引っ掛けることができなかったのです

飲まなかったのかって? まさか~ 友人に頼んで開けてもらいましたよ
 ビックリされちゃいましたけどね~ 本人が一番(*_*)でしたょ


ドセ最終クールの痛みどめ服用期間は次の通りでした
 ・8日目
   20:00に服用 ただし歯茎の痛みも強いため
 ・9日目
   12:30と 19:30に服用
 ・10日目
   7:50と 19:30に服用
 ・11日目
   7:40(受診の為に早めに)と 19:30に服用(痛みは強くないけど…)
 ・12日目
   8:30(練習日の為に早めに)と20:00に服用

前3クールの時に比べると、服用期間も短く、予防の為にということが多い
 これはきっと、ラシックスを毎日飲んだからかなと思っています

また、白血球対策のグラン注射も
 熱もでなく、腰とかの痛みもなく、良い仕事だけしてくれました


ただ、「むくみ」は酷くなる一方 自分の体が重い重い
 それと、プルトップの一件で露呈した「指先の頼りなさ」も日に日に実感
これは「末梢神経」に不具合が起きているってことなのよね
  一度感じると気になって仕方ありません

時は「クリスマス」~「お正月」 う~~ん、大掃除どうしようやるのか

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明日は診察日、何着てく?ってもちろん「前開き」の服! あれ聞いて・これ聞いて…
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* by べにこ
”心の充実”って本当に大事ですよね~!!

病気だろうがなんだろうが、
人ってそのために生きてるのかなぁ、なんて
ちょっと大きなコトを思ってしまいました。

あ!ともりんさん、遅ればせながら
リンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか??

今日は診察日でしょうか?
ちゃんと進級祝いもらってくださいね~♪♪♪

Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
べにこさん、こんばんわ。コメントありがとうございます!
そうですよね、病気だからこそ、心の為に充実させるって大事だと思いますよね。
べにこさんの場合は、楽天の応援&ジェリーちゃん、もちろんたけべーさんね。
私は他に、ペットのにゃんこ(ジジ・黒猫・雑種)です、人間はね~…です(笑
そういうのがないと、ただ、食べて・寝て~~ってなっちゃいます、それってなんか寂しいかなと思います。
私は私も、大きいこと思ってますよね(笑

リンク、貼って頂けるのですか!嬉しいです、どうぞどうぞ!
私も先ほど貼らせていただきました、ご了承よろしくお願いします。

今日の診察も、元気よく(!)行ってきました。
大きな検査は2月に済ませていたので、今日は視触診のみ。でも、ドキドキします~~
聞きたいことは聞いてきたけど、疑問符付きのままです。治療が終わりってなるには中々ですもの、仕方ないことですよね。


個別記事の管理2014-05-07 (Wed)
最終抗がん剤・ドセ4クールの時もやはり骨髄は著しくダメージを受け
 白血球は1000を切ってました
上を見れないので下を見ると600とかいう時もあったから
 それに比べれば、まだまだましな方ですが

グラン注射を受けた後だから~~本当はおとなしくしていた方が良いのですよね
 
でも、この2012年は私は治療とともに趣味の「合唱」にも「命かけていて
 なんて、大げさですが、この年は特別
まず、本番は世界的な指揮者合唱練習指導も日本の合唱界において
 指導者として超一流という方に指導してもらえたので

主人は言いましたよ、「こんな時に参加しなくても」
 こんな時=抗がん剤治療中=体調悪いときがある……
でも、私は参加したかったのたとえ、自毛でなくて「カツラ」でも
 とたえ、前の日に「ダル~~イ・具合悪いかも」と言ってても

練習に入る前は、まだ2回目の乳がん発覚前
 「音取り係・練習伴奏」を引き受けちゃった後に発覚
ここで簡単に「実は~~」とカミングアウトできる性格じゃないので
 引き受けたからには、多少術後で腕がだるくても行きました

仲間ができるし、歌うのって楽しいし…欲も出てしまうじゃないですか

おまけに私の場合FECはそんなに副作用が長引かなかったので
 練習スケジュールと抗癌剤スケジュールを照らし合わせて
「なんとか続けられそう」って10月頃には判断してしまったのです
  はい、ドセが始まる前ですね~ 知らないって怖いものなしですわ~

10月以降は練習も本格的になりました
 運よく、欠席は2回のみだったのでステージに立つ資格もゲット
余りにも欠席が続くと「資格なし」になっちゃうんですよ~合唱ですから


本番は12月24日(月)ドセ投与14日目
 はいはい、ドセは遅れて副作用が来るのねって学習したときにはもう遅い
あとは「ど根性で乗り切るしかない」となってしまったわけで

口の中がぬるぬるしていても歌えます 筋肉・関節痛は痛みどめで対処OK
 ここでまた主人に言われました「薬飲んでまで行くん?」 「うん、行く!」
音楽に縁遠い主人は、何が楽しいか分からないと言いますが
 人の好き好きには多種多様、私にはこのことが励みにもなるんですもの

しかし、ドセの副作用「むくみ」それがこんなに辛いものと思い知らされる羽目に

ラシックスが効いて、そこそこ浮腫みは収まる時が多かったのですが
 さすがに4回目にもなると蓄積されたのでしょうか
 ・ふくらはぎが怠く、足が挙げづらい
 ・正座するときにひざに違和感がある
 ・長時間同じ姿勢でいると、足の裏がジンジンしてくる
 ・今まで余裕で履いていた靴も、きつくなってしまって靴擦れになった などなど

本番前、3日連続練習の時には
 ・ステージ上の段差が思ったよりあって、躓きそうになる
 ・椅子に座って立ち上がる時に、みんなと同じスピードでできない
 ・息が続かなく、すぐにブレスしたくなる
 ・今までは楽に出せてた音域も、ちょっと出しづらい  などなど

「ステージに立つ」ということが無謀だったのか と思っちゃうのでした


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人間、好きなことには頑張れる と実感しました。この時のDVDは貴重ですよ、真ん丸な顔で!
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個別記事の管理2014-05-06 (Tue)
私の治療は、手術+放射線治療+化学療法FEC・T各々4クールずつ
 これで「何事もなければ」治療は終了

なので、ドセも4クール目を投与した2012年12月中旬は
 ドセの副作用が抜けるというか副作用との戦いの最中

吐き気こそないけど、口中が常に不快感
 特に4クール目は口の中がむくんだような感覚が強く
初めて「食べられない」という状態に

更に、いつも8日目くらいに出てくる「筋肉・関節痛」も追い打ちをかけ
 「魔の一週間」が始まりました

8日目:12月18日:20時
 奥歯というか歯茎がとーーーっても痛いので早めに飲む 
 抗がん剤治療を始める前に一応虫歯は診ておいたんだけど
  まさか、今まで何ともなかった「埋もれている親不知」にやられるとは
 こいつ、疲れているときとかにたまーに痛かったんだけど
  治療前の時は存在を忘れていたのですよ、それくらいの痛みだったのに
 なんか、体調の悪い時に襲ってくるって、性格悪いよね  

9日目:12:30と19:30に痛みどめ服用
 舌の白さは前日より良くなったけど、口中のぬるつく感じが
 更に、16:30~17:00 喉の周りが「不整脈のような違和感」
  今回は喉だけでなく、胸(心臓)もすっきりしない
 狭心症なら30分とか長い時間ではなく短期決戦らしいので
  「大丈夫、大丈夫」と自己暗示…18時には収まる
 結構長時間ですよ、心機能低下だからかな~~
  ひざ下・脛が例の「ガンガンゴンゴン」とやられています

10日目:7:50と19:30に痛みどめ服用
 朝方のひざ下・脛の痛みは「はんぱなく」安眠妨害受ける
  口周りのぬるぬるは前日より良いけど、奥歯・親不知はうずきます
 指先はピリピリ…痺れというよりは弱いけど~指が使いにくい
 午後、寒かったためか鼻水が 念のために熱測ると無いの
  この状態で風邪にでもなったら、確実に寝込みますょ

11日目:7:40と19:30に痛みどめ服用
 この日は「白血球検査」の為に通院
  なので、途中で痛くならないように朝は早めに飲みました

 病院で先生が「雪が降る前に終わって良かったね~~」と
  そうです、雪道は本当に疲れるので良かったです
  検査のための通院は9時前とかに行くことになるので
   家を8時に出る…通勤ラッシュ…道も凍っているかも
  この苦労も今日で一応一区切り、といってもこの後体調が良かったらですけど

 薬の話になって
  痛みどめは、今までの経験から後2・3日でいらなくなるから~いりません
  むくみが来てるので、ラシックスください

 むくみ具合は~~と足を診てもらうけど
  「あ~~、大したことないね、酷い人はもっとだから」といわれても
  人と比較ができていないので分かりません
   先生にしてみれば、慰めているつもりなのかな

 でも、「つらい」とか「痛い」っていう感覚は人それぞれだから
  見た目で酷くなくても当人は辛いってことありますよね
 
 薬剤師さんも「ドンドン言わないといけないタイプ」と言ってたから
  めげずにいろいろ注文付けますけどね

 こういう時に、同時期に同じ治療を受けている「仲間」がいると
   良いな~~って痛感しました


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ゴールデンウィークも今日で終わり、今年も家にこもりました(悲 
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個別記事の管理2014-05-03 (Sat)
ドラマとかで「抗がん剤治療」っていうと
 必ず「吐き気」と「脱毛」というシーンが付いてきますが
私はFEcでもドセでも吐き気がなかったのです
 というのも、良い吐き気止めがあったからですけどね
なので、食べられるのが当たり前だったのです


しかーーし、そんな私にもついに「食べられない」日が

食欲があるのに、ごはんつぶが受け付けないという状態から
 「麺類最高!」と浮かれていた、最終ドセ8日目・2012年12月18日
ついに、「ごはん、食べたくない」日が来たのです

その前の日あたりから、舌は白いし、塩味も強かったんだけど
 この日は、今までで一番唇も腫れてしまって
今までの口内炎薬とハチアズレでの「自己流療法」も効かず
 まるで「熱いものを口いっぱいほうばってやけど」したみたいに
確かFECの1クールの時もそんな感じがあったけど
 この時の方がはるかに痛い・赤い

抗癌剤での口内炎は「一つずつでなく、大きく連なるようにできる」って聞いてたけど
 よく見ても、それらしきものはないのに
皮がふやけたみたいな、口の中がむくんでいるみたいな
 何とも言えないいやーーな感じ

中でも、いつも不具合になる「左の下側・親不知のあたり」が特にひどくて
 「これって、痛みどめ飲んでも良いかな?」
まだ筋肉・関節痛は出ていなかったけど
 あまりの歯茎の痛さに、痛みどめを本気に飲もうか考え中

私「食べて体力付けないといけない」という考えにとらえられ過ぎなのか
 何か口から入れないとと思っているので
噛まずにすむ「ウィダーin〇リー」をチューチューー
 カロリーも摂れるので、それだけで安心です

食事はこれで摂ったということにしても、相変わらず歯茎は痛い
 「やっぱり飲んだ方が良いよね!ね!」って主人に言っても
「痛さが分からないから、分からない」ハイ、ごもっともです
よく、「痛みを10に例えると」なんて言われるけど
 そもそもその10が人によって違いますものね

それが関節たちにも伝わったのか
 はい、来ましたよ、脛に「ガンガンゴンゴン」ノミでやられてる感

こうなると、痛みどめ発動にも納得
 いつも通り、投与8日目になると飲まずにいられなくなるのですね

ドセ全4クールの、「痛みどめ発動日」は
 1クール:7日目(本当は6日目に飲んでも良かったかも)
 2クール:8日目(朝)
 3クール:7日目(夜)
 4クール:8日目(夜)

う~~ん、いずれも一週間経って頃から出ていますね
 ほら、こんなことからも「ドセはしつこく苛めに来ます」でしょう~



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浮腫んだ口ではウィダーin〇リーの飲み口も「変なの~」な感じでした
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個別記事の管理2014-05-02 (Fri)
ちょっと調子よかったので、いろいろやったら
 やっぱり反撃されるのね な 2012年12月15日最終ドセ投与5日目

味覚異常の為に、いかなるものも塩味がキツイ
 毎度の「私の口の中に海がある」の日々

おまけに口の中がざらつくから、白米食べにくい
 まあ、これも予想範囲内、お茶漬けで食べればいいのよ~

脛の痛み(何も昔悪いことをしてはいませんよ)も強く  
 そのせいか、下半身が重い…これも単に体重の問題だけではなさそうです
指先もフワフワして、こうなるとひび割れも進行するから
 クリーム塗って・水絆創膏つけて・絆創膏貼って…これも経験から学んだこと

翌・投与6日目は選挙の投票日(え~たぶん県知事選だったと思います)
 前日からの下半身ダル重も続いているし、やめようかなっと思っていたんだけどさいの
こういうことは真面目に行く主人が「義務」だの「権利」だの言うので
  仕方なく投票に行きました
だってこの選挙、殆ど信任のようなものだったんですよね~
 私一人いかなくてもって思ったけど、よっこらせ~っと行くことに

やはり、足が思うように上がらず、一歩一歩が時間掛かります
 そうよね、体重が術後より5キロくらい増えているわけですから
5キロと言えば、一歳児、いえ、家のニャンコも5キロだわ
 それをずっと抱っこしているようなものです、重いです

おまけにちょっと早足になると息切れが一緒に歩くのに気を遣えっての
 やはり、「心毒性」とあるのは間違いないですね
以前にも感じたけど、一人で行動すると気が付かないけど
 誰かと一緒にと思うと、心肺能力が明らかに落ちているのを痛感します

投票もすみ、出かけたついで・荷物持ちがいるときに買いだめにGO
 お昼も外でということになったけど
白血球明らかに落ちてますけど……迷わず外で済ませます。作るよりいいもん
 
ごはん物はイヤ洋食系も、う~~んそうだうどんが良い
 天ぷらとかは口が痛そうだし~~ なんて考えて きつねうどん
あ~~、これが美味しかったのです 普段はそんなに食べたことなかったけど
 お揚げに程よく味がしみて・・・量も多くないからでしょうね

何より「チュルチュル」って入っていくのが良かったです
 ざらついている口の中には、当たるか当たらないかくらいで通っていくので

それからは、自分一人だけ、うどん・ラーメン・そば・うどん……とリフレイン
 
そんな生活を3日つづけたら……ドーーーンと付けが
 塩分が多かったのか それとも 白米のたたりか

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子供の時の長男のご馳走はラーメン・長女はスパゲッティ…あ~貧しい食生活でごめんね~
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