個別記事の管理2013-11-30 (Sat)
1986年、年明け早々から母は背骨の痛みとみぞおちの不快感を訴えるようになりました
食欲も落ちてくるし、洗顔などの動作でも「ふー」とため息をつくように
これは異常であると思い、定期受診以外で外科を受診
転移を告げられた時と同じように本人にではなく
家族にということで告げられたのは
骨への転移が広がっていることと肝臓への転移も著しくなったということ
何より食事が摂れないことが体力低下を招くので
入院して点滴など必要な治療をということになりました

入院時には自力で歩くこともままならず、顔色も土気色でした
それでも、孫の顔を見ると「おいでおいで、おばあちゃんだよ」なんて言っていて
「入院すると〇〇に会えないから嫌だ」というので「毎日行くから」と
愉しみになっていた孫との時間が無くなってしまうのが嫌そうでした


まず初めの治療は、骨、特に腰の痛みをとるための注射、点滴ではありません
(すみません、具体的になんという薬剤だったのか分かりません)
この注射を受けてから、一時自力で立てるようになり、更にはベッド周りを
 歩くまでに回復しました
食欲も少しは改善したのと、食事を摂れることが重要ということで
 家から母の好きな物を運びました
もちろん、可愛い盛りの孫も毎日一緒に
貧血も進んでいたので、レバーとかが良さそうですが
 レバーが嫌いな母には「馬刺し」を買って
口の中の熱も取れるのか、これが一番食が進みました
他には、何故か「ポテトコロッケ」衣は薄目にしたり、外したり
 多分私手作りだったので気を使って食べたのでしょうね
 「また作ってきて」と催促もしました
腰への注射でひょっとしたらという明るい希望を抱いたのですが
 この注射、打つところを間違えると逆効果ということもあるそうで
恐れていたことが母にも起きてしまいました

だんだんと回復して、ベッドの上で孫をあやしたり
 本でも読みたいというようになったのが5月
小康状態だったのか調子の良い日が梅雨のころまで続きました
前日まで起き上っていたのに、注射によるのかそれとも
 がん細胞の力が上になってしまたためか
  突然立ち上がれないようになってしまったのが7月

それからは、回復してほしいという祈りも届かず
 日に日に悪いところばかりが増えていってしまいました



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個別記事の管理2013-11-28 (Thu)
残念なことに再発してしまった母は
1985年早春、入院して抗がん剤治療を受けることになりました
3か月程度という見込み通りの入院でした
治療薬は残念ながらどういったものだったかが分かりませんが
火曜日投与で週末の度・日は外泊で自宅に戻るというやり方でした

私の長男が生まれていましたので、土・日の帰宅が楽しみで
治療を受けているとも言っていました
「一週間見ないと大きくなるね」とか「もう〇〇できるようになったんだ」と
それは成長を喜んでくれていました

Mワクチンを続けて受けたいとお願いしましたが
当時(現在も)「未認可」ということだったので
病院内で治療を受けることができなかったので一時休止しました

入院治療が功を奏したのか体調も良くなったので退院したのが6月
また、通院での治療になったのでMワクチンも再開できました
車での通院も、以前痛みがあったのが痛いと言わなくなったので効果はありましたよね
でも、母にとっては病院での抗がん剤治療より
このワクチンでの治療の方が大切という感じでした

母の初発の時、私はしっかり勤めていたのでいろいろなことを祖母任せ
母と祖母は、親子というより姉妹・友達という関係に近かったので
それはそれで良かったのですが
再発したときは私も家庭に入っていたので
前回できなかった分まで役に立ちたい、支えたいと思っていました

通院の合間には孫と遊んだり、孫の物を編んだりと
ゆっくりとした生活を送ってもらいました
長男の記憶にはないけれど、写真という媒体でいっぱいの思い出が残っています

そんな生活も、年の変わる1986年1月には更に深刻な病状になってしまったのです


現在のこと
明日は3か月ぶりの診察日です
自覚症状はないのですがCEAのみS病院で測ると若干高め
人間ドックの結果は基準値内だったし、半年横ばいなのでS先生も心配ないと
言われていますが……心配です
その他は、頭頂部がスッカスカですというのが悩みですね
また、S先生は来年3月末でご勇退なのでその後のことの話もあるかなと思います
まだ病院は変えずに通おうか、それとも先生が変わるのを機に
通院時間の短い病院に転院しようか迷っています

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個別記事の管理2013-11-27 (Wed)
1980年、母は乳房摘出術・放射線治療・抗癌剤治療を
長期間入院して受けました
乳がん発覚時、ステージⅢということだったので
本人はもちろん、家族もそれなりの覚悟を持っていました

母の希望で、標準治療ではないMワクチンも受けたいということで
兄と私はN大まで説明を聞きに行き
かかりつけ医のK先生にも快諾して頂けたので
標準治療は引き続きO病院O先生にお願いし
普段のワクチン接種はK先生に診ていただくことになりました

4年間は何事もなく過ごせて、その間
私の結婚・長男誕生、兄の結婚と平穏な日々でした

1985年、兄の結婚披露宴で無理をしたのか
その後母が体調が悪いことが多くなりました
「腰が痛い」といい、少し動くと怠いとも言いました

Mワクチンも、初めは自転車で行っていましたが
だんだん体のだるさも強くなったので、私の車で行くようになりました
道路の少しの凸凹でも「痛い!」というので
これは何かおかしいのではとO病院で骨シンチを撮ってもらったところ
残念ながら骨転移を起こしていることが分かりました

私は、現在一年に一度全身検査を受けています
術後はしばらくはS病院で骨シンチとCTでの検査でしたが
PET検査が普及したころから他病院のI病院で受けるようになりました
エビデンス的にはMMG検査が一番勧められるとありますが心配ですものね

母の時、自分が育児が始まったこともあって記憶が曖昧ですが
骨シンチも、こちらから申し出て初めて検査するという経過だったと思います
その他の検査も特に受けていなかったと思います
そして、再発の告知も母にではなく私が呼ばれてでした
私は長男出産とともに音楽教諭を退職して家庭に入っていて
兄は県外に住んでいましたし、父はちょっと問題があって……

骨シンチの映像の結果は、母にはあくまでも転移したということは告げられず
言葉を濁していたそうですが、母は「転移したかな」と言っていました
私にははっきりと「こことここと、肝臓も怪しいです」と告げられました
現在はご本人にというケースが多いようですね
これだけ治療に対する考え方が変わってきたというのか
患者側がしっかりしてきたということもあるのではないでしょうか

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個別記事の管理2013-11-26 (Tue)
私が昨年、FEC×4→T×4の治療を受けたとき
両方とも初回の時に体調管理のために入院しました
FECの時は2泊、T(私はタキソテール)の時は1泊でした

母が術後の化学療法を受けた1980年当時は入院治療で
火曜日投与で具合の悪い日が金曜日ころまで
見舞いに行っても「今日は体調が悪いので…」と
看護師さん(当時は看護婦ね)に止められることもありました

どのような薬剤だったのか、聞いたのに忘れちゃったのか
それとも、Dr.に一任で行われたのかはっきりしなくてすみません

副作用は、投与後2・3時間に吐き気・嘔吐が決まってあらわれ
「そろそろ来る」といって「梅のエキス」というものを舐めていました
他には倦怠感とかだったと思います。
不思議なことに、抗癌剤=脱毛というくらい一般的な副作用ですが
母は、ちょっと抜けるくらいで私のようにウィッグが必需品
ということはありませんでした
そうなると、本当にどんな薬剤だったのかが気になります
なんといっても、私の場合抗癌剤投与終了からもうすぐ1年で
脱毛による「頭頂部スッカスカ」状態から抜け出せないでいますので

昨年の治療中、毎回白血球は3000を下回り「グラン」注射を受けていました
初回の時主治医が「昔なら入院で無菌室行きだけど今は良い薬があるから」と
母も、きっと白血球の問題が生じて「面会謝絶」となっていたのでしょう

薬剤・治療法の進歩はすさまじいものがあったのですね
この進歩によって、入院期間の短縮ということが多くなったわけですが
私、生命保険の見直しを怠っていたので
昔の状態の「入院期間〇〇日以上……」というのに入っていたのです
母のこともあって「婦人科特約」というのはつけていたのですが
長~~く入院した方が保険金が・・というタイプで
今の短く入院してというのでは有難み半減でして
このブログ村を訪れる方々は病気になってという方が多いと思いますが
もし、そうでない方なら、以前の保険の見直しをお勧めします
なんといっても、治療にはお金がかかりますから
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個別記事の管理2013-11-25 (Mon)
現在は温存手術で10日前後、全摘でも2週間という入院期間ですが
母が手術を受けたときは入院して治療ということが多かったので
かなりの長期間入院していまし

母は、鎖骨リンパ節にも癌が行っていたので
全摘術後体調が落ち着いてから放射線治療も受けました
放射線治療は、今では通院で行われることが一般的ですが
母の時は入院したまま治療を受けました

年数が経ってしまっていたこと、Dr.の勧めるままという環境なので
放射線の種類がひょっとしたら間違って覚えているかもしれませんが
「コバルト」という種類だったと思います
機器も、現在のピンポイントと違ってかなりの広範囲に
つまり不必要の所にも当たってしまうと言われたと思います

何よりこの放射線が現在の物よりも皮膚に強い副作用を起こして
母も、首のあたりまで赤というより黒に近い色に変化して
皮膚の皺に沿ってウロコのように一枚一枚が剥がれていくという感じでした
私も、ヒリヒリ・ピリピリと皮が一部分めくれてしまいましたが
母は全体的にめくれてしまっていました

リハビリも術後は順調に進んでいましたが
放射線治療に入った時は皮膚が釣れて痛くて思うようにできなかったようで
そんな自分が情けないというか、焦りを感じていたようで
見ている私は「頑張ってるじゃん」というのですが
「ダメダメ」と。きっと精神的に参っていたのでしょう
そんな時は、どういう声掛けが良いのかもわからず
ただ勤め帰りに顔を見に行くだけの頼りない娘でした

その後の化学療法も入院で受けたので、何か月という長い入院生活です
母が留守の家事は、母の母(祖母)が一手に引き受けてくれていて
母・祖母は婿養子だったので祖母からすれば母は実の娘なので
母も気兼ねなく頼んでいました
祖母は若くして母を生んだので当時66、7才、体力的にも
精神的にも、私より母を支えてくれていました

祖母は今度の誕生日で101才、今年骨折して入院してしまったことで
ちょっと認知的に問題が生じてしまっていますが
まだまだ「玄孫を見る」と頑張っています



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個別記事の管理2013-11-24 (Sun)
1981年2月 母は右乳房全摘出・卵巣摘出手術を受けました
当時は「大きく取る手術」が当たり前の時代
ハルステッド式でリンパも全て取るという手術でした

手術前夜、母の見舞いに行くと
「明日はこのおっぱい無くなっちゃうんだよね……」と
やっぱり気にしますよね
「最後に触っとく?」っていうのですが大人な女子の私は
「いいよ、今更」って言っちゃいました
あの時に、触ってあげれば良かったかな?と時々反省もしましたが
母乳で育ったので「お世話になりました!」とは言いました
「乳房が亡くなってもお母さんはお母さんだし、それと引き換えに
 命を守るんだもんね」とお互いに言い聞かせるような会話をしました

自分が25年後に同じ立場に立った時に
「そうは思っても…」という気持ちがしたので
きっとあの時の母も同じように感じていたのかなと思います


術後、膿盆に乗せられて摘出した乳房を見せてもらいました
癌細胞のあったところも見せてもらったのですが
それの、質感とか色などの記憶ははっきりしていません

こういったら誤解を招くかもしれませんが
ただのお肉という感じがしてしまって
肉体から切り離されると感じることも違ってしまうのでしょうか


ハルステッド式は胸の筋肉もしっかり取ってしまうので
母は「洗濯板みたい」と悲しげに言っていました
やっぱり乳房というのは女性にとって大切な物と
私は何と言ったのか忘れてしまいましたが
きっと気休めの言葉にしかなっていなかったかなと思います

腹部の手術も同時に受けたので体の制限が長く
痛みどめなども多めに使っていました

腹部の回復とともにリハビリが始まり
仕事帰りに見舞いに行くと滑車のようなものを使ったり
雑巾を絞るような、腕のリハビリに励んでいました
自分に経験がないのではっきりしたことは言えませんが
リンパもしっかり取っているので相当な苦労だったと思います
痛みもあると思うのですが、痛いとも言わずに
黙々とやっている姿は親ながら凄いと思っていました


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古い話で記憶も不確かですみません
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個別記事の管理2013-11-23 (Sat)
以前書きましたが、私の母も乳がんに罹患し、残念ながら亡くなっています
母が乳がんの手術を受けたのが49歳4か月
私が初めの乳がんの手術を受けたのが49歳5か月
「乳がんになりやすい年齢」そのものですね

違っていたのは、母の受けた当時は「ハルステッド」という
胸の筋肉まで根こそぎ切除するという方法
私は、温存手術・センチネルリンパ切除だったこと
病期は、母がステージⅢ、私はステージⅠ

同じ歳でも、母の子(兄・私)は成人し就職もしていたけど
私は二人とも大学生で親としての勤めが残っていたこと

そして、何より一番違うことは
母は、しこりを自分で見つけ、外科に罹って触診で
「よく動くので悪いものではなさそうです」と言われ
詳しい検査も受けなかったようです
当時私は学生で親元を離れていたので
母たちが余計な心配をかけまいと話してくれませんでした
今ならセカンドオピニオンとか針精検が一般的ですが
そんなことはしないという時代ですから
「先生が言うなら大丈夫」と思ったそうです

時が経ち、大体2年くらいだと思いますが
ある時脇が痒かったので搔いたら、その時に何かがあったと
それが、がんが腋下リンパ腺に転移していたものだったのです
以前、触診の時のDr.と同じ、今も病院選びは難しいですが
当時は大きな病院といったら2つくらいしかなかったのです
尚更、東京まで行くとかは選択肢にはありませんでした

検査結果から「癌」とわかり、手術を受けることに
当時はDr.から詳しい説明があったのかどうか記憶にありません
術式は「ハルステッド」婦人科と協議で
卵巣も同時に摘出しますということでした

2月の寒い日に4時間くらいの手術時間で
母は右胸と両卵巣摘出という手術を受けました


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今日から母のことを綴りたいと思います
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個別記事の管理2013-11-21 (Thu)
婦人科の手術を終え、予定通り退院し、
子猫の誤飲という予定外の外出も何とか普通に過ごせました

退院後の診察はお盆の最中、8月13日(月)
世の中お盆だ何ていってても、病院は普通に動くのね
8:30の診察、同室のAさんも同じ時間だったので診察後喫茶室でおしゃべり
お互いの経過のことや、痛さ自慢してもちろん私の負けですが

婦人科はこれでご赦免になり、後は一般的な婦人科検診を続け得るようにということでした

8月24日(金)外科の受診日
この日は血液検査と視触診
術後でもあるので貧血はしょうがないとしてと言われ
他の項目は「問題なし」婦人科の報告をしたら
「痛かったら~」とまた言うので
「それが、全くというほど痛く無かったです」と言い返しました
看護師さんも「腹腔鏡下って本当に痛くないんですってよ」と

9月に入り、前年皮膚科の薬でアレルギー反応を起こしていたので
その原因究明と薬メーカーの今後のためにパッチテストを受けました
9月3日、O病院に行き、パッチを貼られて、2日後の同時刻にまた受診

5か所の反応を調べてもらうのですが
一か所すごく痒くなって、もう剥ぎたいな~と思ってました
9月5日、テストシールを剥ぎに
やっぱり痒かったところは赤くなっていました

翌日結果を聞きに行くと
「薬本体でなく、薬を伸ばす界面活性帯に反応している」
ということで、そうなると、この成分を使っている薬全般
今後もアレルギーを起こすかもしれないということでした

もう、この薬がダメ!っていうほうがすっきりするんですけど

ついでにと言っては失礼ですが
手術の時の痒みのことや、頻脈についてきてみたら
「痒みはモルヒネの関係、頻脈はアレルギー反応が長引く場合にみられる
 なので、硬膜外麻酔がすべて原因だったのでは?」
という話でした。
「もともとアレルギー体質だから、どうしてもいろいろ出ちゃうね
 仕方がないねと思っていた方が良いね」と
更に「アレルギーはいつ何に起こるか分からないからね、怖いよね~」って
確かに、そのあと、別のアレルギー起こしてかかりましたものね

薬を使う時って副反応というか副作用がどうしてもあるわけで
 何も起きなければそれでよし、少しでもおかしいなと思ったら
どんどん遠慮なく伝えた方が良いとも言われました



今日で「婦人科」は終了です、また乳がんについてに戻ります
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個別記事の管理2013-11-20 (Wed)
頻脈の原因を「アレルギー」ということで一件落着させ
待ちに待った退院 2007年7月20日
入院期間は10日間、予定通りの入院生活でした

入院中の良い点、私の場合「食事つくりからの解放」
黙っていても決まった時間に栄養バランスの良い食事が出るって素晴らしい
もともと料理が得意ではないのでね、これは本当に良いことでした

治療以外で辛かったこと、それは可愛いにゃんこと離れていたこと
当時推定6か月の子猫~ちょっと大人になりかけのこだったので
遊びは夢中になるし、寝姿は文句なし可愛いし
入院中は携帯の画像で我慢していました
こんな気持ちを知ってか知らずか、当猫は私の実家に預けられ
兄・義姉・姪・祖母に至れり尽くせりの生活を送っていたそうな
「私のこと忘れちゃうかな」と心配しましたよ

退院は主人の車で、ガタゴトと揺れると大きな創の所が「イタタ」でしたが
なんといっても我が家は最高です。 たとえ汚れていても、狭くても
主人曰く「いちおう朝掃除機掛けた」そうですが……ちと汚な

当時は実家の隣に住んでいたので、入院中の洗濯物を回し
手紙とかの整理を休み休みしながら、午後のお茶を目当てに迎えに行くと
義姉と祖母が「今日、病院行ったのよ」と
「朝から吐いちゃって診てもらったけど。異物かな~って」
「ごはんは食べないし、遊びにはのって来ないし、元気さもイマイチ」と
動物病院の先生は「お母さん(私のこと)が入院中で、今まで我慢していたのかも」
という診断らしくて。まぁ、そうなの!可哀そうだけど、なんか嬉しいわ
でも、「ジジ~~ただいま~」っていっても「チラッ」ってみただけで
走ってくるわけでもなく母としてはとっても寂しい

キャリーケースに入れて自宅に戻ったころ思い出したのか
ウ~~ンとかにゃ~~んって甘えだして。もう、忘れんぼさんなんだから
ナデナデしたり、ごはんをあげたりしていたら
トイレに行こうとするので、まあ落ち着いたのかなと私は横になって休んでいたら
トイレの方から、いつもとは違う叫び声のような声が
慌てて行くと(お腹はイタタですが小走りで、母は強い)が出しづらかったのか唸っています
おいおい、お母さんが便秘で苦しんだからって、真似しなくても良いんだよ~
よく見ると、の中に白くて長~~いヒモが
これは、動物病院の先生が恐れていた「誤飲」ではありませんか

電話したら「出たものを一応持ってきてください」ということなので
まみれの20㎝位の奴を洗って、ニャンコもキャリーに入れて
義姉が丁度出かけてしまっていたので自分の創もちと痛いのに
10分の道のりを頑張って車も運転しました
本ニャンは出たらすっきりしたのか、今までの分を取り戻すべく甘えるし
「全部出たのか分からないので、十分注意してみてください」と言われ
「こういう子は今後も誤飲の危険はありますからね」って釘刺されました
はい、確かにその後もオモチャの羽やらお腹に入れています

まさか、退院した日に車の運転をするとは思わなかったわ
確か2週間くらいは運転は控えてとか言われたけど
可愛いニャンコのため、母は頑張ったんですよ、痛かったこと痛かったこと
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個別記事の管理2013-11-19 (Tue)
婦人科的には退院してもOKとなっていても
頻脈についての原因究明がまだだったので
循環器科を受診、エコーでみても
しっかり働いているし、血液検査もまあまあいいので
「ふ~~ん、アレルギー体質ですよね?」と循環器科のS先生
「はい、薬剤ではピリン系の薬品で、後は花粉症。
  皮膚科でも一般的な薬で炎症起こしました」
「そうなるとですね、心臓そのものでなく
 麻酔で使用した薬に反応したと考えるのが良いかな。
  頻脈の割には体調はおちついていますから」

は~、アレルギー体質というのはどうも変な反応するんですね
次に同じような症状が出たらホルタ―心電図とかで検査して
 ということになりました
一番気がかりな「退院できるか?」は「はい、良いですよ」と
同室のみんなに「居残りかな~」なんてからかわれていたけど良かった
何がって、それは可愛い盛りのニャンコですよ早く会いたいなって
同室のSさんも同じ月齢のニャンコを飼っていて
二人で携帯の画像を見せっこしていましたはい、おやばかです
2007年7月20日(金)予定通りの退院ができました


ここからは今日のこと
今朝起きたときから、右のセンチネルの傷跡のあたりが
 ギュッと押さえられるような鈍痛
右手を使い過ぎたときとか、凄く寒い時に時々なります
わきの下をマッサージしているうちに気にならなくなるのですが
今日はインフルエンザの予防接種を受けに罹りつけの医院に
「右手、左手どちらでもいいですよ」よ言われて
右は手術しているし、今日は痛みもあるから左手にして貰おうっと
左もしていますよ右は7年経ってるけど左は去年ですよ

もう、おバカですね、痛みが無いと忘れてしまうのでしょうか
そもそも、インフルエンザの注射は筋肉注射
手術しているとか全く関係ないのにね

こんな、そそっかしいというかおまぬけなことをやっています

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* Category : 卵巣嚢腫
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個別記事の管理2013-11-18 (Mon)
脈が速いとかピリピリ痛いとか言いながらも
順調なので、予定通り抜糸の日が来ました

2007年7月18日(水)手術から丁度一週間
この日は、長男の23回目のバースディ―

乳がんの手術は抜糸はなく、溶ける糸っていうんですか
それだったので、抜糸って痛いかな~なんて言ってて
聞きつけたT先生が「あら、経験者じゃなかった?」と
いえいえ、未経験ですから
「そもそも、糸じゃないんですよ~ ピンなんですよ~」
明るく言われても、実感わきません
「ちょっちょって済みますからね~」

はい、確かにプチプチって感じで終わりました
小さい創の所は各1、大きい創が各2
案ずるより産むがやすし…ちょっと違うか
全くダメージは受けませんでした

同じ日に開腹で子宮筋腫の手術を受けたAさんは
「創も長いのでいっぱいだったよ。記念にもらえます?」って聞いたんですって
貰えなかったみたいですが  いや~、私は記念には要らないな

創の長さとかに関係なく、手術からの日にちで抜ピンするんですね
Aさん「ちょっと動くとメリってきそう」とも心配していましたね

婦人科的には問題なのですが、頻脈のために循環器の診察を受けて
エコー検査でしたが、そこでも「問題なし」と
貧血は相変わらずだけど、術後のことを加味すると大丈夫
じゃぁ、なぜ頻脈になってるのか……心配になって夜眠れず…
眠れないから血圧が上昇
血圧が高いから拍動が気になる 
と負のスパイラルに突入
二日後の退院予定が危ぶまれてきました


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* Category : 卵巣嚢腫
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個別記事の管理2013-11-17 (Sun)
術後5日目、2007年7月16日(月)
入院生活も一週間過ぎ、術後の経過も順調
唯一の悩みだったお通じ前夜苦しんだ後はとってもスムーズになって
看護師さんから「温めたりマッサージが効く」と教えてもらったのが良かったのかな

私の手術創は、おへその真上に(中)その対で下の方に(大)
左右の脇腹に(小)と全部で4か所
何故か、大きい傷の左側がピリピリと痛むことが多く
ホットタオルを貰って温めていました

薬剤師さんの回診でも、経過順調ということだったのですが
相変わらず頻脈に症状はあったので
循環器科の診察を受けた方が良いかなということになってしまいました
この、頻脈の症状は期間限定だったのですが
心臓の不調はその後も時々顔を出すのです

ここから現在、2013年11月17日(日)
今日は、地区の薬剤医師会主催の「乳がんについて」の
講演会を聞きに行ってきました

題目は「乳がんは遺伝するの?」と「増えている乳がんの診断と治療」
1部は遺伝カウンセラーの方、2部は乳腺内分泌外科のDr.のお話
私は、母が乳がんで亡くなっているし
自分も異時性両側乳がん、両方ともトリプルネガティブ
その上、癌ではないけれど、卵巣の病気も既往
という、どう見てもHBOCに当てはまると思われるのです

実際問題として、遺伝子検査を受けるかどうか
その時に異常が認められた場合
私はもう治療も終わっているけれど、娘の問題をどうするか
また、数は少ないとはいっても男性乳がんということもあるので息子の問題は
と、昨年の手術からは結構悩んでいます

現在この検査は保険がきかないということもあってか
受ける人が少ないということですが
異常が分かれば、それによって「癌になる可能性が高い」という診断が
新たな心配を抱えることにもなるので……

主治医のS先生は「不安を抱え込まなくても良いのではないか」と
私もそう思う、ただでさえ私の手術の時に
娘はとても心配していたので、診断された時には一層不安になるだろうし
今日の話を聞いても結論は出せていないけど
もう少しすると世の中の考えも変わってくるのかな

ご参考までに
HBOC(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群)の特徴
・若年(40歳以下)で発症する
・両側または片側の乳房に、同じときに複数の乳がん
  もしくは時間を空けて別の乳がんが発症する
・男性で乳がんを発症することがある
・他の臓器(卵巣、前立腺など)にがんが発症することがある
  原因遺伝子:BRCA1、BRCA2
他にもいろいろありますのでHBOCとググってみてください

私の場合、次の項目がバッチリ!当てはまっています

・50歳以下で乳がんを発症した血縁者一人以上・・・母と私
・一人の方に二つ以上の原発性乳がん・・・・・・・私

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* Category : 卵巣嚢腫
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個別記事の管理2013-11-16 (Sat)
卵巣摘出手術を受けて4,5日経ち
腹部の痛みはほとんどないけど、導尿管の捻じれたところに
触れていたところが痛くて変な歩き方
それ以外は順調に回復し、ごはんも普通食になりました

術後3日目の7月14日(土)には弾性ストッキングも脱げ
硬膜外麻酔もTG先生によって外されました
午後にはW先生の回診!おお実習生の先生が独り立ち
な~んてみんなにからかわれながら
「マイクロポア」の説明を受けました
シャワーも一人でOKだし、着々と独り立ちが進みます

でも、時々心臓が「ばくばく」となったんです
これをやったからという心当たりもなく

翌15日(日)主治医・T先生の回診
相変わらずの頻脈だけど、検査に異常が見られないということでした
硬膜外麻酔後の背中のテープも剥げ、手術の跡らしいものがどんどん減っていきます
シャワーをしても疲れも感じないようになり、体力も復活
唯一、お通じが上手く付かなくて、下剤を出してもらうことに
効果は、深夜になってかなり痛かったけど状態は良いものでした

病棟の回診、婦人科は先生3名が交替で
自分の患者ではなくても当番制できてくれました
外科は基本担当医のみでしたが、どちらが休めるかというと
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婦人科式の方が患者にとっても利点がある気がします
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個別記事の管理2013-11-15 (Fri)
痒みにも慣れて、というか諦めていた7月13日(金)術後2日目
ドキドキすると思っていたら、「頻脈」になっていると
なので、また点滴が増えてしまいました
入院中の唯一の楽しみの食事は、やっと全粥に
これくらいにならないと食べた気しませんよね~

T先生の内診があったり血液検査を受けたり
全て「異常なし」という結果
でも、頻脈がどこから来るのか、原因は何かわからず仕舞
患者が元気なのでOKということらしいです
そうそう、このころ「青たん」による鼠蹊部の違和感で
歩き方がおかしくなっちゃいました

その他は順調で、15:00に洗髪してもらってさっぱりになって
16:00には点滴がすべて外れて
解放感からか16:15には初
私の場合、腸との癒着が激しかったということだったので
引き攣られる感じが強かったです

でも、血圧が高いのか、聞こえが悪くて水中にいる感じが少しありました


病室の全員が元気になってくるとおしゃべりもひっきりなしに
乳がんの時もこういう環境が欲しかったな~

まぁ、話題の中心は、朝に昼に夕に病室に来てくれる、実習生のW先生
担当のT先生より年上に見えるとみんなの意見
男性だけど優しいとか、話し易いとか
後は、麻酔の時のことになって
私は消毒液の塗り方の指導くらいだったんだけど
Aさんは、私の次の手術で同じ実習生に
一度で入らなくて、2度目のトライをさせてくださいとなって
それでもだめで、結局指導のN先生がいれたんですって
都合3回針刺された~と

私の時に「2回目です」と言っていたので3回目なのに
人の体は微妙に違うのか?場数を踏めばよいということでもないのか??
困るのは、「向いていない」ということでしょうか
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個別記事の管理2013-11-14 (Thu)
術後の回復も順調で、食欲バリバリ
でも、腹部の手術のということで
出てくる食事は重湯になるのに一日、お粥になるのに一日と
と~~ってもゆっくりに粒のあるものに変わっていきます
乳腺の術後は翌日から普通食だったのにね

相変わらず、血栓防止に弾性ストッキングをはき
痛みどめに硬膜外麻酔をしているので
普通に動くというより、ちょっとスローな感じにしていました

何より、術後2日目あたりからの痒み
手の届きやすい脛とかは良いのですが
背中の痒みには困ってしまいました
見舞いに来てくれた人と話していても
手は自然に「ポリポリ……」と
「なんか、痒くてね~」「痛みはないんだけどね~」
私だけかと思っていたら同室の術後の人全員でポリポリポリポリ
みんなで「痒いよね~」「何でかね~」と
そこに実習生のW先生登場!
日に何回も来てくれるので、話し易くて
みんなで痒みを訴えました

調べてきますと言って半日が経ち
W先生「硬膜外麻酔の中にヒスタミンが入っていて
  それに反応して痒みが出ていると思います」と
皆:「麻酔が終われば治りますか?」
W先生「そうですね、原因が多分それなので…」
皆:「麻酔外すと痛いですよね?」
W先生「個人に依りますけど…
    T先生と相談してということになります」

う~~ん、痛いのも嫌だけど、この痒みも

夜の回診でT先生が
「今まで、ぽつぽつと痒みの訴えはあったんですけど
 全員での訴えは初めてですよ」なんて
それで、外すと痒みは収まるが、痛みは出るかも
 どうするかはご自身で決めてくださいということになって
私はもちろん「痛いのは嫌だから痒みを我慢する派」
 子宮筋腫のAさんも私と同じ
 卵巣嚢腫のSさんは「痛みを我慢しますから外して派」
退院まじかのOさんは「私一人で我慢していたわ」だったんですって

原因が分かれば不思議に痒いのも気にならなくなって
麻酔を外したSさんは点滴が増えていました

痛みや痒みは本人しかわからないし
 伝わらないし(10がMAXだと、どれくらい?と聞かれてもね)
 どこまでが普通なのか?我慢するべきなのか?
4人でのおしゃべりからこんな具合に進んだけど
 一人きりだったらどうなっていたのかな?

ほらね、病室のおしゃべりは良いこともあるんですよ







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個別記事の管理2013-11-13 (Wed)
HCUで迎えた一日目、2007年7月12日(木)
前夜、お小水の管が捻じれる、発熱による寒気がある、血圧高いとやっていたのに
朝目覚めたら、熱は36.2度、血圧116-70
お小水はもちろんしっかり出ていて(当たり前!) と良い状態に

朝食も出たのですが
お腹の手術をした後、「ガスが出たか」ってよく聞いていたのに
出てないけど食べても良いのかな~って
看護師さん「どうぞどうぞ、食べるというかすするだけど」と
そうですね、出てきた朝食は
お粥、いえ、重湯というよりは重湯の上澄みという感じ

それに「海苔の佃煮」の入ったチューブ
しっかり頂きました……ものの2分で

経過も良いということで午前中には一般病室に移動
同室には子宮筋腫の人と開腹手術で卵巣嚢腫の人
産後の人は午後早くに転室していきました
その後には私と同じ日に回復で子宮筋腫の人
いつもいっぱいになるようになっているのね~

昼食は朝より若干量が増えたかな~くらいで
相変わらずの重湯の上澄み もちろん速攻で胃の中へ
その直後、心配していたガスも

嫌でたまらない尿管を13:40に抜いてもらい少し自由になり
喜んだのもつかの間、15:30には血栓予防の点滴開始
点滴を受けたせいなのかトイレに行きたくなって
15:40にはお小水も自力で出せました~

まだこのころは鼠蹊部の「青たん」が出現していないので
ちょっとお腹を庇ってゆっくり歩けば大丈夫

産婦人科の実習ということで男性のW先生が細かく見てくれて
「経過は良いと思います」と。自分でもそう思っていました

でもね、体が痒いな~っていう症状は出始めていたんですね
脛とか背中とかポリポリとやっていました
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個別記事の管理2013-11-12 (Tue)
卵巣嚢腫の手術を受けるときに担当のT先生から
「乳がんの既往もあるので…」ということで
次のようなお話もありました

今回の嚢腫は、子宮内膜症由来の嚢腫なので良性です
婦人科の病気と乳がんは、ホルモンが関係していることが多く
脅かすわけではないですが反対側にもできる可能性はあるし
もう2度と手術を受けたくないということなら
子宮・卵巣全て摘出するという選択肢もあり得ます

腹腔鏡下での左のみの摘出手術は前後の処置時間を含めると4時間
開腹手術での左のみの摘出手術は前後の処置を含めても2時間
開腹手術で左右の卵巣と子宮の摘出手術はすべてで2,5~3時間

麻酔はすべて全身麻酔
腹腔鏡下手術のほうが術後の回復が早いということはあるけれど
手術という身体への負担は開腹も腹腔鏡下も同じ

という説明を受けてどうするか決めることに

卵巣を両方とも取ってしまうといわゆる更年期が
やってくるのが早まると思うと
どうしてもそういうことは考えられませんでしたので
当初の予定通り腹腔鏡下での手術に決めました

まあね、手術を受ける前の4月に最終月経で自然閉経
その後も更年期と思われる症状は皆無
快適に過ごしてるんですけど
こういう風に送れるとは思わないですもの
当時は更年期が怖かったな~


今ではHOBCとか、今年米女優A・Jの告白があったりで
全摘出という考えにも抵抗が無くなってきているんだそうです






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個別記事の管理2013-11-11 (Mon)
術後「お小水の量が少ない」=管の捻じれというちょっとしたミスがあり
ひょっとしたら利尿剤はいらなかったんじゃ疑惑発生ですが
外科の時の「病室たらいまわし」に比べ
婦人科の時は、一つの部屋に落ち着いてじっくり術前管理してもらいました

腹部の手術ということで、おへその周り&おしものあたり
 丁寧な剃毛 おへその掃除 & 浣腸
自慢ではありませんが、人生初の浣腸でございまして
 しかも、最終チェックは看護師さんということで
   なんか、恥ずかしいわ
おへその掃除も「自分でやりますよ~」といっても
「こんな時しか誰もやってくれないよ」というので
 言われるがままに寝っころがっていました
お小水は前日容器にとって量チェックされて
 術後の体調管理に使うということでした
外科では胸の剃毛だけでしたから
 改めて腹部の手術はやることが多いのね~と思っちゃいました

ですが、入院した9日からずっと血圧が普段より高く
 140とかが続いて「お薬飲んでます?」っていわれても
今まではせいぜい130台だったので、緊張していたのかしら?

そのお蔭で術後硬膜外麻酔を使うこともできて
 手術による痛みはほとんどありませんでした

術後の夜に気になったことは血栓予防のための機械音
HCUの4人部屋は満室だったので「プシュー」という音が
 3人順番に聞こえてきました
一人だけ部屋の都合で術前に入っていた人がいて、眠れたのかな~

そうそう、弾性ストッキングを持参していったんです
 前年の外科手術の後、経過が順調だった私は結構放っておかれて
履くのも脱ぐのも自分でやっていたのでストッキングを持ち帰っちゃったんです
婦人科の時に「ストッキング持ってます」と出したら
 外科の備品ではないのかと言われて
やっぱりそうだったんですって
結局それを履いて、使った後は外科に戻すように「外科」と書き込んでいました
元気な患者に任せていた外科病棟のいい加減さを露呈ってか
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個別記事の管理2013-11-10 (Sun)
腹腔鏡下卵巣摘出手術も無事終え
HCUに入って術後の経過を見てもらうことになった2007年7月11日
麻酔のおかげで痛みはあまり感じないけれど
深夜の看護師さんの巡回の時
「少し、お熱がありますから水枕当てましょうね」と
自分では、怠いというか意識がぼーーっとしてるので
あまり熱があるという感じはありませんでしたが
言われてみれば「少し寒いです・・」
「じゃ、電気毛布持ってきますね」という具合

電気毛布のお影か寒気もいつの間にか収まりまた眠りにつき
気が付いたら朝になっていました
術後しっかり眠れているのですね

早朝の巡回の時に
「お小水があまり出ないので〇〇を追加します」
この〇〇はなんだったのか、ちょっと分かりません
またうとうとしたら、なんかトイレに行きたい気が・・
うんお小水の管が入っているはずなのに
管が入っていれば自然に出ていくわけだから
そんな感覚になることって異常ですよね
「看護師さん、トイレに行きたいんですけど~」
「管入ってますから、大丈夫ですよ」
「でも、お腹がぱんぱんな感じがするんです~」
「おかしいですね~」って会話の後
ベッド周りを確認してくれたら
なんと管がベッドの柵と布団に挟まれて
 捻じれちゃっているではありませんか

術後HCUに入った時にきちんと寝かせてくれなかったのね
じゃあ、「お小水の出が悪い」となんか追加したのは
必要ないことだったのかな~  

2日ほど後、管が当たっていた鼠蹊部に「青たん」が
お腹の傷とかは痛くなかったけど、内出血した鼠蹊部が
歩くたびに痛くて痛くて……
責任者はだ~~れ
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* by 福豆 2号
わ~そんな事もあるんですね・・・
そうですよね・・・捻じれてればお小水溜まりますよね?
私・・・下半身麻酔で・・・いつ管抜いたんだっけ?
動け動け歩け歩け言われて歩行器で
あいたたたたっておトイレに行った記憶が(汗)
その時はきっと辛い事もあったと思うのに
何年か経って いつ入院したんだか痛みはどうだったのか
すっかり途切れ途切れの記憶で
既往歴を書く書類とかあると、ん?いつだっけになってます。
皆 ちゃんと覚えてるんですね・・・

Re: タイトルなし * by FC2tomorinn
コメントありがとうございます。
ね~、まさかって。お小水の出が悪いからって多分利尿剤ですよね、2回点滴の中に入れたんです。
外科ではなかったのですが、婦人科は、手術の前に一日中お小水の量を測っていたので分かるんですね。私、あの管がいやだったので、頑張って歩きました。
というか、本当にあまり痛みがなかったんです。硬膜外麻酔もありましたから。
手術本来の痛みより、こちらの方が痛かったってどうなんでしょうね。
普段は日記なんて書いてないのに、入院の時には手帳に細々と書いていましたょ。
看護師さんの名前・・これは後で文句言うため?(笑)とか、献立表も残っています。その後の参考にしようと思って取ってたんだけど・・全く作っていません(笑
そうですね、痛みとかって忘れられるから良いのかな~って思います。

個別記事の管理2013-11-09 (Sat)
長い人生、一度も手術を受けたことがない人もいるのに
49歳~50歳という短期間に2回も手術を受けることになって
手術になれるということはないけど
それに向けての準備とか、心構えは慣れてしまいました

入院の際のアンケートの一つ
「入院中気がかりなことは?」というのに
前年のアンケートには、病気のことや家族のこと
とごく当たり前のことを答えたのに
婦人科の入院の時には
「子猫のこと」と堂々と書いてしまいました
だ~~って、子供たちはそれなりに大きいし(大学生ね)
病気も「取ってしまえばいい」と言われていたんですもの
主人は、自炊にも慣れてるから大丈夫
となると残るは、かわいい盛りの子猫でしょ

そんな考えで入院した2007年7月9日(月)
外科の時は病院のパジャマ率100%だったのに
婦人科はグーーーッと低くてみなさん可愛い花柄とかでおしゃれでしたね
私ですか?もちろん色気のない病院のです!
だってこれならお洗濯自分でしなくていいんですもの

初めての時は、学生さんとか実習生の協力ができなかったけど
この時は「しっかりお役に立とう」と思いました
なので、硬膜下麻酔は医学生さんにやって貰うことに
でもね、私の時に2回目なんて話していたんだけど
麻酔科の先生の「もっとひろ~~く消毒」とか
「もっと斜めに入れないと」とかって指導の声が・・・
いや~もし効かなかったら痛いんでしょ
意識があるから余計に心配になっちゃいますよ

後は意識が無くなってるので覚えていませんが
婦人科のT先生、この時妊娠初期で、しかも、同じ日に3件の手術を担当
一人目が「帝王切開」二人目は私で11時ころ入室
三人目は開腹手術の「子宮筋腫」ですって
どうしてDr.ってハードスケジュールなんでしょうね
外科の時も3件連続だったし…
手術室の関係もあるのでしょうが、本当に大変ですよね

手術も無事終わり、病室に戻った時には
足には血栓予防の「プシューッ」がつけられ
腹腔鏡下の手術特有の腹部のガスのためかお腹が張っていました
でも、外科の先生に散々「痛いよ~」って脅された割には
痛みは感じなく術後の夜を迎えました
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個別記事の管理2013-11-08 (Fri)
婦人科の卵巣嚢腫摘出手術は「計画手術」
 患者の希望に合わせて日程を決められます
なので、レッスン数を計画的に貯金して
 7月に2週連続休めるようにしました

そのために6月4日(月)に婦人科受診して
 触診と血液検査を受けました

やはり「ちょこっと貧血」でしたが
 白血球は辛うじて正常値に復活
呼吸器検査はもう慣れたので一発OK
 心電図なども無事クリアで
手術日を7月11日(水)に予約
 7月9日(月)入院、退院は20日頃の予定となりました

この入院日は、実は私の50歳の誕生日
 まさか病院で迎えるとはね~
でも、仕事の関係でこの日がベスト
  気にせずに頑張ろうっと思いました


6月の婦人科受診の直前
 2007年6月1日(金)外科の受診日
この日は特に検査もなく、視触診のみ
 婦人科手術のことを話、またまた「痛いよ~~」って
どれだけ患者を脅すんですか

もひとつ お・ま・け
更にさかのぼること3月29日(木)
 家の軒下でミーミー啼いている子猫を保護
前の日から時々聞こえてきた泣き声、
 雨も降ってきそうだし、一晩鳴いていたから・・
本気で探したら、軒下の隅の暗がりに真っ黒黒の子が
猫を飼ったのは子供のころに一度だけ
 しかも家族でだったので本当の意味では初めて
保護猫から家猫に昇格した子は「ジジ」という名になり
 手探りで育てたのに、今では立派な体格の
身は大きく心は小さいねこになりましたとさ
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個別記事の管理2013-11-07 (Thu)
久しぶりに婦人科の診察を受けて
やはり手術は今年中に受けた方が良いという診断
自分としては、体力的にも大丈夫かなと思うのですが
一応外科のS先生にも承諾を得てと思い
2007年6月1日(金)の診察日に
「7月に婦人科の手術を受けようかなと思うのですが・・」と
実は、手術日もしっかり決めてあるのですが
「もう、体力的にも大丈夫だし。でも、婦人科は痛いよ~」って
   脅かされました
腹腔鏡下での手術であるということを話し
「婦人科の主治医は誰?」「T先生です」
「T先生??」 「あ、結婚されたので、元はK先生です」
「あ~あ~、あの若い綺麗な」と
先生でもそういう覚え方をするんですね~

私、3月に受診した時にKでなくTだったので
 主治医が変わったかと思って焦ったんですよね

それから、4月に受けた血液検査の結果を
 「異常なし。まぁ、これくらいの異常は誰にでもあるから」
ですよね、そこでまたまた「印刷してください」
 「高いよ~~いくらにしようかな」なんて会話をしつつ
プリントしてもらったものを見ながら
 「貧血気味であることと、白血球は放射線治療の影響だと思う」 
  婦人科との兼ね合いで貧血かな~手術は大丈夫だから」と
私は思春期の頃からどうしても貧血、鉄欠乏性貧血になりやすく
 鉄剤などを自主的に飲んでいました
貧血といってもちょっと下回るくらいなので
 くらくらするとかは無かったです
嚢腫があったりするから余計になっているのかな?
 手術を受ければ改善されるかな?と期待しちゃいますね

他の、肝心な腫瘍マーカーは基準値内でした
腫瘍マーカーの種類は、病院によってや、病態によって違うんですね
私の場合は、CEA・CA15-3・NCC-ST-439の3種でした

この当時、言わなければ結果表を貰えませんでしたが
 現在は受診後結果が出たときに郵送してもらえるようになりました
なので、3か月後の受診日に結果が分かるというのでなく
 2週間後には詳しいものが手元に届くようになりました
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個別記事の管理2013-11-06 (Wed)
ここから少し乳がんのことから離れます
が、遺伝的なことから言うと、乳がんと婦人科系の病気は
 関連があるということなので、記していきたいと思います。

2006年、病気の年
乳がん発覚より、先に見つかってしまった卵巣嚢腫
良性であるということと、何より癌治療を優先したので
乳がんの治療が「無治療・経過観察のみ」と決定した2007年2月9日
今まで連絡もしないでいた婦人科に
外科に通ったついで予約を取ろうと行きました

運よく担当のK先生に会えて、手術のことや、体調のことを相談し
実際体調はすこぶる良いので、その他のことは
3月に実際に診察してからということになりました


2007年3月5日(月)婦人科受診
私の卵巣嚢腫は、子宮内膜症由来のチョコレート嚢腫
前年10月の測定では58㎜だったものが63㎜に
う~~ん、5センチ超えたら手術を勧めるという世界なので
立派に手術対応に入っていますね

このころ、気のせいかもしれないんだけど
左側の腹部(卵巣があるっぽいところ)が時々攣れるのです
「捻転」を起こすと「死ぬかと思うくらい」とか「脂汗」とかと
K先生に脅かされていたので、「くるか~」とビクビクしていました
こうなったら「まな板の上のコイ」一度全身麻酔を経験した強み
初めて「手術」と言われた時より落ち着いていましたね
人間、慣れるというか経験するということは凄いことです

この二日後の3月7日(水)
胸の傷を保護していた縫合テープが、すべて取れました
貼っておいた方が綺麗になるかなと大事にしていましたが
手術から丁度3か月、それだけ回復してもいたのですね
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個別記事の管理2013-11-05 (Tue)
セカンドオピニオンということでネット上の3軒の先生に相談をし
 主治医の治療法に確信が持てたので
経過観察のみということにしようと思いました
と決めた傍から「本当に良いのか?」と迷う自分がいて・・

気が付けば、術後2回目の診察日、2007年4月6日(金)
 診察室に入っても、無治療で行くかどうか迷っていて
私 「間質浸潤とあるので、そこから転移の可能性は?」
先生「微小、ごくごく僅かの浸潤であるし、脈管が(-)だから大丈夫」
私 「ホルモン治療が効き目がないということですが
   抗がん剤治療は受けた方が良いのではないでしょうか?」
先生「どうしてもやりたいというのならAC療法で。
   でもね、健康な細胞もやられるわけだし。
   吐き気も強かったり、脱毛したりと副作用きついよ~
   それでもやるというのなら」
と言われ「はい、やります!」とは言えませんでした

昨年、左乳がんで化学療法を受けたとき「イメンド」という制吐剤が
 私の場合よく効いて吐き気全くなしで治療を受けられましたが
2007年の時にはこの薬は出ていなかったみたいです

化学療法については先生自身の考えが反映されるみたいですね
 何が何でも治療してという先生と
苦しくなるのは分かるから、できれば最少限度の人にという考えの先生

どうも、S先生は後者の考えのようで
 この時、もしKI先生だったらどういう判断になったのかな~と
でも、KI先生は3月末で本来のS大に戻りG先生に変わっていました
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個別記事の管理2013-11-04 (Mon)
放射線治療終了後は、今後の治療の話があるというので
自分でも病気のことは知っておいた方が良いかなと
にわかにお勉強に励もうと思いまして
手始めに、放射線の待合室に置いてあった
「乳がん 治療を受けられる方へ」なる本を借りて
告知から手術についてはもうすでに終わっているので
その他のことを中心にじっくり読みました
でも、この本の半分は「ホルモン療法」のことで
この時点で、勝手にホルモン療法を受けると決めていた
本を買うよりコピーした方が早いとせっせせっせとコピー
な・の・に・・・
いわゆる「トリプルネガティブ」といういタイプでした

病理結果を教えてもらい「無治療・経過観察」といわれても
癌=抗癌剤での治療というイメージもあったので
本当に無治療で、元気に長く過ごせるのか

自分の手には負えないので、ネットで質問に答えてもらおうと
私、実は当時2007年までPCの扱いは非常に不慣れ
ゲームをするにも子供や主人に「ねえねえ、ゲームやりたい」と
ねだるようにしてセットして貰っていました
そんな者が、一大決心でネット世界に飛び込み
メアドを作るところから・・・・それはもう大変でしたね~~

① K県の乳腺専門医の方々でやっている相談室
② F県の乳腺専門医のN先生が開いている無料質問箱
③ N大Y先生のホームページ
と3か所に質問することができ

① 微小浸潤とはいえ、一応化学療法を勧めるが
   どうしても必要とは言えない、本人のご希望を重視すると思う
② 主治医と同じ。強いて化学療法を受けなくても良いと思う
③ 主治医と同じ。無治療が心配なら経口抗がん剤という方法もあるが
   保険上受けられない可能性が大きい

とそれぞれからご回答を頂きました

こうなると、多数決ではありませんが
 主治医と同じ意見が多いのでやっぱり受けなくてもいいのかな~と
次の診察日に、もう一度確認してみようと思うのでした

基本が「楽していきたい」という性格なので
 できれば化学療法は避けたいなと思ってもいましたから

現在②の先生は質問箱をやめられました
  同じグループのN先生も4月以降質問箱は回答が進んでいません
また、③の先生も7月以降回答が進んでいません

どの先生方も本来の診察などとても忙しい中、
 面識もない私のような者にも親切丁寧に答えていただきました
ただただ 感謝の一言です

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必要なこと * by rommy
ともりんさん、こんばんは。
自分の病気について知る、って必要なことですよね。
なんて言いながら、
病気のことは主治医にお任せで・・・
と思い、自分の乳がんのタイプなんて知らなかった私です。
主治医には「顔つきの悪いがん」としか言われなくて。
その意味がようやくわかり、自分でもいろいろ調べようと思い始めた今日この頃。
ひとことで乳がんといっても、様々な治療法やタイプがあるんですね。
無治療は嬉しい反面、不安もつきまといますよね。。。

Re: 必要なこと * by FC2tomorinn
コメントありがとうございます。
私、理系なことは大の苦手で(笑
パソコンは遊ぶものとしていましたが、自分が大きな病気になって、情報をどこから得られるかと思ったら、それはもう、必死になりました。
病理の結果を詳しく知るにも、英語とかで書かれていて???でしょ、辞書で引いても引ききれないし。
先生にお任せでも良いのですが、私の場合、母がそれで残念な結果になっていたので、それを教訓にして信じることも、調べることも大事なことと思っています。
無治療でいたのも、6年くらいで、別の奴ができちゃったんですけどね(悲
今一通りの治療が終わって、また無治療の時期に入っています。体調はすこぶる良いんですよ。
治療していてもそうでなくても、不安は付きまといますものね。ある程度で開き直るのも良いかと思っています。

上田の名山、太郎山に登ったんですね。すごいです!もうそれだけの体力が付いているということですね。
手術も大丈夫です、頑張ってくださいね。

個別記事の管理2013-11-02 (Sat)
2007年2月9日(金)
放射線治療を終えたので、術後初めて外科のS先生の診察日
術後経過も良く、痛みとかほとんどなかったので
 やはり「はい順調、順調」ということでした
病理の結果を聞けるんじゃないかということだったので
自分でも予習で、ホルモン療法のこととか
化学療法のことをメモして臨みました
病理結果をはじめ口頭で説明されたので
「病理結果のプリント、頂きたいのですが」と恐る恐る
渋々ではないのですが、当時あまり欲しいという人がいなかったみたいで
 「一件2万円かな~」ともちろんジョークですよ 
こちらも慣れてきたので少々のことには驚きませんが
 看護師さんは「冗談ですからね」と真顔

以下は私の右乳がんの病理結果です(かなり割愛)
右 AC区 ~4×2×2cm 浸潤性乳管癌(乳頭腺管癌)
 g、EIC(-),ly0,v0  LN:level1(-)Grade2(2+2=Total Score 4)
 TNM:T1,N0,M0 StageⅠ
(上下方向には2センチ以上にわたって拡がっているが、
   乳管内進展のためT1とした
 この辺りの詳細は規約にも記載がありません)

乳頭側に向かって乳管内進展を主体として広がっている癌で、
 一部に軽度の間質浸潤も認める
乳管内の大きな胞巣は中心部に壊死を伴いコメドの像を示すものが多い
 リンパ管・血管侵襲は目立たない
上方断端の余裕がわずかで初回断端は(+)で追加切除された検体の一部にも乳管内進展を認める
追加切除検体の断端は(-)で内側も追加切除されているため取り切れていると思われる
ER(-)PgR(-)Her2(+1)

と、結果には書かれていました
S先生「以上のことから、いっぱい勉強してきたホルモン療法は
    無意味だから・・・」
   「抗がん剤も、殆ど非浸潤だからメリットとデメリットを
    天秤にかけると~  やらなくて良い」
   「なので、今後は経過観察のために通院してもらいます」
   「次は2か月後に」と

抗癌剤をやらなくて良いということでちょっとほっとしてしまったんですが
 無治療ということには不安でした
4×2×2って、温存手術の規約から外れるんじゃないかなと思って質問したら
「この、~4って、乳頭から4センチっていう意味だと思うんだけどな~」
病理の書き方って統一されているんじゃないの?
 でも、実際に切った先生が言うのなら・・・いいのよね
そして、この時ホルモン療法が効かないということの
 本当の意味をまだ知らなかったんですね

不安だったので、初めてインターネットに参加して
 当時、ネットで質問に答えてくれた
K県の相談室・F県の医療機関・N大の相談室
 の3件に無治療で良いのか??と質問をすることにしました
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