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個別記事の管理2017-11-06 (Mon)
11月に入って朝の冷え込みに参っています

お約束通り「月一更新」になってしまってます
 絵文字変わったや、またまた「パスワード変更を…」と言われ
  一層ブログ書くことが億劫になりそうです

元々、治療後11年&5ねん経って元気にしてるので
 「書くことないなぁ~」とやっていますから、人のせいにしてはいけませんね

そんな私に格好のネタが・・・嬉しくないですけど~
今から12日前の、10月25日のこと
ウチのニャンコ「起きたら即ごはん~」という元気な仔なの

5時12分、早朝ですよね「ごはんごはん」と起こすので寝ぼけ眼で
 もそもそと起き、ごはんを上げて「トイレに行って寝直そうと階下へ

家、義父のせいで2Fにトイレがありません
 立て替えるときに、自分たちの部屋に少しトイレが重なると知ったら
「頭の上にトイレがあるとは怪しからん」と言い張って

今でこそ「ヨレヨレ」ですが、当時はまだしゃっきりしていたので…
 仕方なく諦めましたよ、今は独り占めにしてることが多くて
「トイレ1個しかないんだから、長い」と意地悪言いますけど

そんなわけで目をこすりながら1Fへ
リビングに明かりがついているなぁ~また義母が起きてぼーっとしてるのか~

そんなことを思いながら、だからなのか足腰の問題なのか
 それと、肌がかさついてるからというのもあって
  踊り場を回ったあたりで、踏み外しまして

まず、腿の裏側を階段の縁にぶつけそのまま座り込むようにお尻もぶつけ
とどめに頭頂部を壁にぶつけたのでした

私の頭頂部、以前からぼやいているように、治療後5年経ってるのに
 まだまだ以前のように生えそろっていません

そこをぶつけてしまったんです、うっすら地肌も見えてますから
 毛って保護する役割もあるでしょ、一層痛いんです

結構な音に、主人も起きてきて「大丈夫かとは言ったけど
 痛い痛い、と言いながらも頭をさすったり
落ちた経過を話すし、しびれてもいないし、朝ごはんも作って食べるし
  「まぁ打ってても大丈夫かな」と

頭頂部を見てもらったら「笑えるほど大きいたんこぶ」ができていて
 「たんこぶになってるから大丈夫じゃない」っていうんですゎ
   確かにぷっくりしてましたけど、笑うのはあんまりでしょ

頭部の打撲って、後に出て来ることがあるでしょ
 義父も交通事故起こして1か月半後に「慢性硬膜下血腫」だったし 
踏み外したことを聞いた人、みんながみんな「あとから出て来るよ」って

なので、ドキドキしながら過ごして
もし具合悪くなっても良いように、って伴奏の録音も済ませて…

でも今現在大丈夫なので、たぶん大丈夫よね

腿の「青タン」は一時は湿布薬より大きかったけど
 今は殆ど消えてるし、頭頂部の赤味もうっすら~になったし
何よりシャンプーで思わずごしごししても大丈夫

実は階段踏み外すの2回目なんです、なので、「手摺」を付けてもらいました
 これも、新築の時に義父がね~「2Fのことは分からんから」って断ったという
  全ての元凶は義父にあるような気がする


そして、この日は母の31回目の命日
 実家に行っても、兄が線香を嫌うので手を合わせるだけ
だから「バチ」が当たったのかそれとも守ってくれたのか

いずれにしても足腰の弱りを感じ、頭頂部の弱りも痛感した事件でした




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これからこんなこと多くなるのかしら?いやぁね~歳は取りたくないゎ
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* by デコ
あらっ
それは痛いよ( ;∀;)

デコも年に数回こぶ作ります(笑)
そして後から何でここ腫れてんだ??

あっそう言えば・・・
メガネを外して室内を歩き
なんかの拍子にガツン

そう言えばベランダの防火塀に周りの景色に気を取られながら歩いててオデコが~ぁん

☆出だ事あったなぁ(もう何年も前)

誰にでもあるけどこぶはまぢで痛いのねっ( ;∀;)
お大事になのだっ

Re: タイトルなし * by ともりん

♪デコ♪さん、こんばんわ~コメントありがとうございます。
あらら~デコさんも「こぶ作り名人」さんなんですか?
そうそう、なんか痛いな~なにしたかな~~ってことあるんですよね、歳?

☆が出るほどって、相当な痛みv-12
デコさんの「オデコ」…決して笑うところではありません、が、ついつい想像しちゃいました(謝

脚の小指って一番痛いと思いません?時々やるんですよ
そんな時は「車幅間隔」がないとバカにされますけど

今回のは、腿とかお尻は心配してないけど、さすがに頭頂部はね~
しかも薄毛で悩み中の場所だから、もし検査ってなったら…いやだな~という気持ちもあって
なんとか受診・検査は免れました(笑

丁度美容院でカットなんて思ってた時だったけど、一週間遅らせて行きました
まだ赤味が残ってたけど、痛くないから良いかって
美容師さん(乳がん体験者)にも「あとから出て来るかもよ~」と言われたりね

なんとか髪の毛が戻ってくれると…心配なく・堂々と!受診できたのよね、あ~~あ、です

寒くなりましたね、朝活の時には十分の服装で行ってくださいね♡



個別記事の管理2017-10-13 (Fri)
って、もう半月前ですけど
この頃は月1更新あればOKって感じになっちゃってます

10月1日(日)
この日は、音大の同窓会の日、前回から4年経ってるし
「赤いものを着て」お祝いする「節目の年」でもあるのでと開催

まず、私が家を空けるには、義父母の面倒を見てもらう人が必要
主人は……「一人では無理」というのでショートステイへ

ショートステイってなかなか取れないけど、ケアマネさん頑張ってくれました

この二人の荷物を作るのが結構大変~
特に「汚し屋」の義父のは「念のため…」ってやったらボストンバッグ2つに
持ち物全てに記名して…子供かそれを二人分、ここで疲れました~
4年前はごはんの事だけ頼んで行けたのに、進行していますね

同窓会では、4年前にあった人も居れば、卒業以来40年近くぶりの人も多数
でもね、大人になった顔って、年取っても分かるものなんですよ
受付で「○○ちゃん」ってみんなで「変わらないね~~」と慰め合う

一学年100名くらい、同じ科は30名、なので皆顔見知り

乳がんに罹る人は、今12名or11名に一人、って言われてるから
きっとこの中にも1,2人はいるのよねと思っていたら
傍に座って懐かしく思っていたOさん、
  ちょっとふくよかになったかな~(心の声)

Oさんが「変わらないね~」と言ってくれたけど(実は病気したのよ・心の声)
 「私ね、去年乳がんになっちゃって、薬飲んでるの、太っちゃったのよ」って

えーー、まさに2人目が近くになので私も
「実は私もなのよ、それも2回も。
  一回目は10年経ってるけど、次のは6年目なの」と

{ホルモン}とか{トリネガ}という、独特の話も二人で通じて
「やっぱり12人くらいに一人はいるんだね~」「今日ってあの日よね」なんて

私は手術+放射線+抗がん剤(6か月)
 Oさんは手術+放射線+ホルモン療法(10年)
「長いけど、その方が良いって言うからやることにしたけど…太るのよ」
短期決戦で髪の毛が元に戻っていない私と長期にわたるOさん
副作用もそれぞれだったけど、「まだまだこれからだもんね、治療もがんばるわ」と話したのでした
ヘアピースのこと言っても「自然だよ、分からないもの」と
 本当にそれはそれで嬉しいかな、このごろ諦めも出ています

この日は日本中で色々なイベントがあったみたいですね
そして、やはり有名人の方の発言に

週刊誌の見出しだけだから、どこまでが本当かわからないけど

・確か、「超早期です」みたいなこと言ってましたよね
 でも、ハーセプチンを勧められたってことはそれなりの浸潤では?
・ハーセプチンって「分子標的治療薬」でしょ
 ひとくくりの「抗がん剤」って言っちゃっていいのかな?
・「鬱」になったというのは大変な日々を送っていたんですね
 でも、某保険のCMでは「家族・主人の支え…」みたいなこと言ってましたよね
  そんなに支えてもらった気のない私は羨ましかったもんね~~
   と主人に言ったら「俺だって頑張ってた」と具体的にはど~~こ

ここまでなら「表現の違い」で済むけれど
 「私の場合ですが」と言いながらの諸々の発言は、どうなのかしら
一番は、主催者側がどこまで・どういうことを語るのかのチェックですけど

一度口から出た言葉は戻らないから 
 特に有名人・女優さんは気を付けてもらわないと、と改めて思っちゃいました


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明日からまたまたショートステイ、今に持つと格闘中 冬物はかさばるからね~
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個別記事の管理2017-09-22 (Fri)
9月も後一週間を残すのみ、今年も残り僅かになりましたね
相変わらず元気で介護に励んでいます良いんだか・悪いんだか
自分が動ける・働けるということは良いことよね、と思うようにしています

だって、10年前「還暦を迎えられない」などと思っていたのに
なんとか罹患しても、2度目があっても、10年無事に生きてるんですもの

人それぞれで、80歳過ぎても現役で働ける人も居れば
若くして病気や災害で…という場合もあるから

主人は姉・主人・弟の3姉弟
結婚した時から、私はどうしても義姉が苦手

そんな意識があったから、余計に思うのかもだけど
前々回書いたように「自分の親なのに・切実感がない」義姉に辟易
それでいて、脳血管障害の親に「おねだり」するものだから、もう

他にも、おじの亡くなったことを知らせたのに「聞いてない」とか
 その葬式の時にも香典を「立て替えといて」と認知症の義父母に言うのょ
いい歳なんだから「郵送してもらえば持っていく」と言ったのにそのまま

「立て替えさせる」ということは他人事になってしまうから忘れたのかなぁ

他にも「りんごはまだ?」とか言うし
大体倒れた老親が農作業できると思ってるの
 それとも同居したんだから農作業してると思ってるの
義姉の評価はぐんぐん下がって 「貰うだけもらって」と思っていたの

義姉には子供が3人・女・男・男…あらら、親子2代で同じ構造ね
 下の甥が遊びがてらに寄ったときに「別居しようかな~」っていうから
「洗濯・掃除自分でしなくっちゃだょ」っていう話をしたら
「今も自分でやってる、母(義姉)は寝てるだけ」だから同じだと

それも「暗い部屋で明かりもつけずに、ご飯はほとんど食べない」と
変形性膝関節症で人工関節の手術を受け 
 リハビリも頑張ったけど、完全には治らなかったとのこと
日中一人になる義姉、脚が痛いので出かけず、もちろん買い物などしなくて
 お腹がすいたらお菓子を食べる、という生活だというの

電話の受けごたえも可笑しいしそんなことを聞いたら心配になって

「鬱」でも同じような状態だというのを聞いたので「鬱」なのか
 でも、色々忘れちゃうことは「認知症」なのか
主人が義兄と話をしたら「激高するときもある」なんて言うの
 脚のリハビリも「痛いから嫌だ」と途中で止めてしまっていたんですって
その時も「自分の為だから頑張れ」といっても
 「この痛みは分からないくせに…」とどうしても言うことは聞かなかったと

これって典型的な「認知症」なんじゃないかしら
 ちょっと前までの義父がそうだったものね

この時義姉は60代に入ったばかり、認知症じゃないと思いたかった

義姉が一番言うことを聞くのが長女(姪)だというので
 姪になんとか病院に行くようにさせたら
残念なことに「若年性認知症」という診断に

脚が悪く「肢体不自由」という障害もあって動けなく
 生活が限られっちゃったから認知度も下がった…
自立した生活が送れないとだめだなぁ、と主人は言うけど

脚が悪くて車いすでも認知度が下がらない人も居るもの
 根本的な原因は違うところにあると思うのです


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「忘れる」ということは本人は「幸せである」と思うんです、周りは大変ですけど
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* by ♪デコ♪
そうだねぇ
記事を読ませて貰ってデコも同じ事を思ってた

親戚づきあい。。色々よねっ

デコ自身それで苦労した事はないですが
デコ親の方で色々あったわぁ(過去に)

今は断絶してるから
他人様が親戚のようなもの

煩わしいのは排除
これもありかなって(*'▽')

介護となるとまた色々ねっ
我が家もどうなる事やら

早くもう一回嫁にいくか(笑)
もう無理かっ50だしっ

Re: タイトルなし * by ともりん
♪デコ♪さん、こんばんわ!コメントありがとうございます!
もうそちらはすっかり秋でしょうね、風邪とか大丈夫ですか?

ありがとう、同感してくれる人がいて嬉しいです!
親戚づきあいって難しいですよね、特に連れ合いの姉なので、あまり疎遠になるのも…と思っていたの

人間だから好き嫌いとか、なんとなく合わないってことがあるでしょ
そのまま距離を置いていたんだけど、ここ5・6年は無理やり同居ってことも有って、色々と思うことが増えちゃったのね

病気にんったことは大変だと思うし、気の毒かな~とも
だってまだ60代中盤なんですもの、普通だったらバリバリ現役のはずが
ほぼ寝たきり、経口摂取もできなくて胃ろう…本人も可哀そうだけど、周りの家族が気の毒ですよね
家には、その両親90代&80代後半がいて、この二人を預けることが第一関門なのよね、県外なのでそうすぐには見舞うとかもできないし
主人が行った時もすぐには分からなくて、姪が何回も説明してやっとわかった感じだったんですって

そんなことも有って、この頃は、病気で意識がしっかりして後の始末もして逝くっていう方が良いのか、全く分からなくなって自由気ままになって逝く方が良いのかって切実に考えてます
後者は介護してもらえるっていうのが必要条件だけどね
願わくば、「ピンピンコロリ」がいいなぁ~、ということは毎日片づけとかないとね、ですが

デコさん、まだまだ50ですよ!もう一回是非とも!
と言いながらしがらみがあるのは勘弁だな~と思っちゃいます


個別記事の管理2017-08-28 (Mon)
この記事を書く前,義姉についての「愚痴ブログ」を書いてたの

義父の調子が悪いので見に行ってる隙に…記事飛びました

「悪口質量」多めだったから~~バチあたったのか
 結構時間割いたのになぁ

気を取り直して全然違うことを書こうと思います  
 

今から2年前の7・8月
 6月も「心臓が痛い」ような、「軽い狭心症」のような症状があったけど
ちょっと寝不足かな~と思うと「詰まったような絞められたような気がする」
 
と言っても、時間がたつと治るので…放置
 調子がいい時の方が圧倒的に多いので、草取りしたり
夏ってどうして雑草が勢いよく延びるのかしらね~

そして、相変わらずの「ヘパーデン結節」の痛みも再発
 更に、右ひざの痛みも再発
湿布貼って~ニャンコにいや~な顔されて~
 めげずに草取ったり・梅の実を梅サワー&ジュース&シロップにしたり
市の「安全協議会」なるものの係になってしまったので
 集金して~支障木を伐採するのを手伝って…と言っても交通整理ね

痛い痛いと言いながらも結構働いてますよ

体以外の「痛み」も色々あって
 
まずは長年乗っていた軽自動車、いよいよ買い替えかなだったんです
 次に乗る車も「下見するだけ」のはずが「速攻契約」

新しい車が決まったってわかったのか、古い車がある日
 楽器店に行く途中、「ブロンブロン」って
「暴走族か」な音がするではありませんか
 
マフラーが外れちゃったんですよ
 後一か月っていう時に・・・それまで持てばいいので軽く修理
しかしあの音は恥ずかしかったわ、道行く人に見られたもの


次の「イタイ」これは精神的にね
 「お盆」なので帰省したりするわけですよ
訪問看護の日にもそんな話になって「お孫さん帰ってきました?」に
 義母ったら「家の孫は男が二人」ですって

いつものことですけどなんかムカつきますけど
 聞いた看護師さん「あらま~、いけませんね~」と
「可愛い子(次男)の可愛い子しか頭にないんでしょうね」イタイゎ


そして、ウチのニャンコ、可愛いんですけど、困った癖が
 トイレ以外でおしっこしてしまうこと、特にふかふかの布団は危ない

気に入らなかったり、言うこと聞いてくれなかったり…という時が多くて
 「イヤミしっこ」とウチでは言ってます
長らくやられなかったけど、一度やると続くのね
 この夏はまさにそんな夏なのでした
捕まえて「捨てるよ」なんて脅しが効くわけありませんから
 
洗える布団でも、洗ったり干したりするのは体力いるんだからね
 それで寝不足→胸元が変な気がする・・・ストレスストレス

最後は、育毛剤を変えたこと&化粧品も変えたことかしら

育毛剤は「抗がん剤で育毛サイクルが狂った場合に」とうたってあって
 でも、今現在増えたけど「顕著」な変化ではないの

化粧品は「シミが増えたような気がする」けど
 年齢的な原因かな~暑いとお手入れサボるしね~

様々痛くても、おおむね元気な7・8月でした


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今日も!義父の後始末、これって終わりが見えないから・・・
 そのうちにカテゴリーを「介護」にしなくっちゃかも~
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個別記事の管理2017-08-16 (Wed)
月遅れのお盆も今日で終わり、無事送ってきました

私、お盆というと良いイメージが無いんです
もちろん!子供の頃は、普段会えない従兄弟と遊んだりで楽しかったけど
結婚してからは「憂鬱なもの」でしかなかったわ

主人は姉・弟の三人姉弟の長男
子供の頃から「お前は長男だから」と、今ではボケボケの父親に言われていたらしい

ま、長男だから家のことは「やって当たり前」と

農家なので、子供も立派な働き手
だったら弟である二男も同じようにすれば良いのに
そうでなかったらしいんですよ
二男は手伝わず「お勉強」していたらしいの
私の子供たちか「よくお父さんグレなかったねー」と
それくらい扱い方が違ってたんですよね

それについては本人が納得してるから良いとして

問題は、姉である長女で

義母は08年・5月に脳幹出血、義父は同8月に慢性硬膜下血腫で入院

普通、親が入院した、となったら心配で里帰りとかしますよね

ところが、義姉ったら電話で「落ち着いている」なんて言ったら

「そう、じゃあヨロシク」と来たんですよ
それだけでもビックリでしょ

それはまだまだ序の口
義父母の容態が落ち着いて、二人とも自宅に戻って
私のながーーい介護生活が始まるわけです

ある日、義姉から義母に電話があり
興味もないし、母子だから話もあるでしょと放置

次の日義母が「郵便局へ行きたい」と
歩いていくには遠いので買い物ついでに乗せていって

ということが2回あって
自由に使うお金も必要だからね~と思いながらも

そういえば義姉から電話があると行くわね

その内に義母の認知症が進んで字を書いたりも怪しくなり

それでも義姉から電話があると「郵便局…」っていうの
代筆で手続きしてあげたこと2回

そして3回目には義母が小声で「もう私は色々できないから…」と言って

義母のお金ですから義母が思うようにすれば良いと思っていたの

それまでは「お金のムシン」と解っても主人には言わずにいたけど
流石に義母も断るくらいだから、良いかなーって思うから言っちゃいましたよ

私の感覚だと、年金生活の親にお金の援助を頼むってどうなの
両親共に亡くなってるのでできないけど
もし健在だったら、親がくれるというのは貰うけど、果たして脛かじるかな

因みに当時義姉の子供達は皆成人して、働いてもいたの
仕送りとかの世代だとあるかも知れないけどでしょ

何よりも、親が具合が悪いときに「お見舞い」も一回ずつ来ただけ
二人とも2ヶ月以上入院したし、退院しても
様子を見に来るわけでもなく

義姉、まだまだ義母がバリバリ仕切っていたころ
夏休みに子供達連れて里帰りしてきても
ごはんの準備はもちろん後片付けもしなかったの夕飯後は子供たちと花火などして遊んで
片づけは主に私、私だって子供たちと花火師たいゎいでした

義母の入院時に義父が「お茶入れてくれ」といったら
「お茶碗わからない…」と実家なのにですよ
結局私の娘が
「茶碗探して淹れてやった、おばちゃん使えなーい」と

なので、もし来ても役にはたたないだろうし、こちらがイラつくだけだけど

そんな感じで居ておいてお金を融通して貰うってどうなのですよ

仕事をしているわけでもなく、子供達の手もかからず
県外とは言っても凄く遠くでもないのに
「世話は長男がするのが当たり前」とでも言うのか
「だって○○(主人のことね)がいるから良いじゃない」ですと
まるで昔の考え方をしてるのね

ただ、膝が痛くて思うように動けないといってたけど
膝くらい私だって痛いわー、湿布はってるわーー

と吠えていたのが3年前
実は、お金を貰いたがるのにも訳があるのでした

それについてはまた今度


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言いたいことは言った方がすっきりして良いですよね、ということでいっぱい書いちゃった
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